◇ 『ZigZag(上/下)』 著者=ホセ・カルロス・ソモザ
訳者=宮崎真紀/山田美明
2007.11 ㈱エンターブレイン刊
やや古い本であるが、最近になく面白い本で、上/下で500ページを超す大作であるが、一気
に読み切った。
歴史ミステリーというジャンルがあることを初めて知った。この本の何が面白いかというと、スト
ーリーの流れについていくためにほとんど異分野の知的世界(素粒子物理学)に入り込んで、何
とか理解しようと努力しながら読み進むという知的刺激を受けたことである(読者の理解を助け
るために文中に図を入れ解説している親切さ!)。それにテンポが良く、展開がもたついていな
い。
主人公は欧州でも指折りの理系私大に勤める美貌の教授エリサ・ロブレド。天才的頭脳の持ち
主であるエリサは、実はマドリードの理系私大物理学部の学生だった頃、崇拝する理論物理学界の
異才ダビット・ブラネス教授の夏季講座の選考試験を受け、その実力を認められて、学会で注目
を浴びている「ひも理論」を究める研究所の一員になる。そして世間から隔離されたインド洋の孤
島「ニュー・ネルソン島」にある研究施設に派遣される。そこにはブラネス教授と研究パートナーの
セルジオ・マリーニをはじめ、理論物理学、古生物学、科学哲学、文化人類学など10人の科学者
が集まっていた。
プロジェクト名「ZigZag」とは何か。そもそも「ひも理論」を噛み砕いて言うと、一種のタイムスリップ
理論。世界を構成する電子や陽子といった素粒子は、球形ではなく細長い紐と考えられる。時間の
一端は未来でありもう一端は過去。時間は前進しかなく、過去は終わりがない。時間の光子もほか
の事物同様ひもで出来ており、このひもを強力な粒子加速器にかけて陽電子にぶつけると過去の
時間における映像を得ることが出来る。
もう少し丁寧に言うと、時間のひもの中間部分はコイル状に巻かれていて、このコイルを厳密に計
算された特定のエネルギーで展開すると、ひもを抜き取って、年代順に分離特定し過去の一時期
を目の当たりすることが出来るというのだ。
この理論の実用化によって近過去の世界を入手できれば、すでに起こったことの情報を元に、世
界を思いのままに操ることが出来る。この画期的な理論に目を付けた軍事企業「イーグルグループ」
は、ニュー・ネルソン島に集めた10人の科学者を厳格な保安管理のもとに強力な粒子加速器を初
めスパコンなど研究施設を駆使し、「ひも」時間軸からの分離を急かす。
そしてついに厳密なエネルギー計算の投入で、ジュラ紀のマンモスや、キリスト生存中のエルサレ
ムの映像を目の当たりにすることが出来た。
しかし、ここで思わぬ事故が起き、思ってもいなかった身の毛ももよだつ悪夢が目の前に。
この先は下巻に述べられているが、種明かしはしない。
このプロジェクトに係わった人たちが次々と惨殺されていく。その陰には人智を超えた邪悪な存在が
ある。
本物の悪魔。実はのぞき見た過去の時間のひもの一瞬には、誰の心にも存在しうる邪悪な心があり、
開かれたひもの谷間に落ち込んだMr.Xはあらゆるものからエネルギーを得てひたすら殺戮に走る。
果たしてこの悪行は何者が巻き起こしているのか。
要は「ひも理論」の実用化によって、神が決して二度と足を踏み入れてはいけないと言ったエデン
の園に戻ろうとしたからだ。
辛うじて生き残ったのはエリサを含めてたった2人。
そのひとりKは叫ぶ。「あんたら科学者なんか大嫌いだ!くそ科学者め!俺は生きたいんだ、放っと
いてくれ。」
最後にエリサはうそぶく。「科学は唯一の知識だ」。
<神よ、いったい私は何をしてしまったのですか?>ロバート・A・ルイス(広島に原爆を投下した
爆撃機 ”エノラ・ゲイ” の副機長)
(以上この項終わり)