院長のへんちき論(豊橋の心療内科より)

毎日、話題が跳びます。テーマは哲学から女性アイドルまで拡散します。たまにはキツいことを言うかもしれません。

トラウマ論者に告ぐ

2011-09-13 05:00:03 | Weblog
 「艱難(かんなん)汝(なんじ)を玉にす」という言葉が好きだ。人間は苦労を重ねるほど磨かれるというほどの意味だろう。

 「可愛い子には旅をさせよ」という諺も類似の含意がある。虎は自分の子どもを谷に突き落とすという伝説も同類だろう。

 振り返れば私もイヤなことをたくさん経験してきた。嫌いな奴に頭を下げなければならないこともあった。パワハラにも見舞われた。

 これらは今風に言えば、すべてトラウマになっているはずである。やれセクハラだ、やれいじめだと、トラウマの種は尽きない。

 セクハラやパワハラは訴えろ。相手に過失があれば搾り取れるだけ搾り取れ。なんでもいいからトラウマになったと慰謝料を請求せよ。こういう風潮の上に今のトラウマ理論があるのではないか?

 人生はトラウマだらけなのが当たり前である。それを、ことごとしくあげつらうのはアメリカの悪しき影響か?あまりにもトラウマ、トラウマと言いすぎる。

 アメリカでは階段から落ちたら誰のせいかまず考えろ、そして疑わしい者を訴えよと言う。アメリカは訴訟社会だとも聞いた。弁護士は有り余るほどいて、訴訟を待っているのだそうだ。

 そんな土壌で作られたトラウマ理論を日本に持ち込むこと自体に無理があるのではないか?「艱難・・」という概念がある日本にトラウマ理論はなじまないと思うが、どうか?