いのしし くん。

政治、経済から音楽全般の評論
ultimate one in the cos-mos

ビートルズを聞いた日

2009-04-11 21:26:42 | 日記
たしか(もうはっきり記憶がございませんが)1964年の春だったと
思いますが、快晴のあたたかい庭先でラジオを聞いていました。突然に
ラジオから今までに聞いたこともない、ガリガリしたよく通る声の男性
ボーカルで、スピード感のあるオクターブのはっきりしたハーモニーの、
ギターは乱暴にかき鳴らし、甘いベース(ギター)音をやけに強調した、
ネイティヴなサウンドが流れてきた。
 イギリスのビートルズの”抱きしめたい(I want hold your hand)”
にはじめて遭遇した日です。ポカポカ陽気のなかでの鮮烈な思いを今で
も鮮明に憶えている。今思いだしても、トータルサウンドとして音楽の
世界を完全に網羅する不思議な音の魔法の世界にはいった思いが残って
います。
 シンプルでスピードがありクリアーな音楽がそれから6年後の197
0年に急ぎすぎた完全燃焼(または空中分解)するまでに、たったそれ
だけで音楽の歴史に、ベートーベン、バッハ、モーツアルトと同じよう
に、多分消えることのない永遠のスタンスを残した。それが、ビートル
ズ(Beatles)でした。
 比類なき独自性は、当然の帰結として、あっという間に自らの音楽を
自らの手で宇宙の彼方に消し去ったのです。
 日本の感性もすごいよ。ビートルズの音楽を独自の感性で受け入れ認
めました。”Eight days a week”や”Rock'n'roll music”は特に日本
でヒットしたビートルズの曲です。
 1966年6月末に、アジアツアーの公演開催国としてビートルスは
日本を訪れました。不思議ですね(こういうことってあるんです。歴史
的にです)、ちょうどその日は台風も日本近海に来襲して、ビートルズ
はやむを得ず、翌日の早朝(午前3時くらいの早朝だったですか)に羽
田空港に降り立ちました。
 武道館での2日間のコンサートはテレビでも中継されて、武道館がコ
ンサートに使用されるきっかけになりました。当時は、武道館ですから
音響効果に配慮もなく悪くて、しかしその後音響システムも改善されて、
今やビートルズ神話の象徴としてミュージシャンのシンボルホールでも
ある。チューリップも再結成をしてコンサートをやりました。

 ビートルズのアルバムはほとんど持っていたのですが、なぜかすべて
今や他人の手に譲ってしまっています。(もったいなかったな。)
 1964年からの6年間を含めて、ビートルズがすべて、でしたから、
同じ時期にシンクロしていたチューリップを知ったのは、なんと1991
年です。この出会いも鮮烈でね。その後、チューリップ、財津和夫さん
の音楽を猛勉強しました。ビートルズと財津和夫さん、鮮烈な音楽との
出会いです。


 


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冬春夏秋

2009-04-11 13:35:18 | 日記
 桜も散り始めて、家の中は湿度も低くてひんやり心地いいんですが、
外はもう夏日ですよ。背中に陽を浴びて歩いていると夏ですね。世間は。
 十数年前ですか、日本もすでに亜熱帯気候にはいった、という話聞い
たことがあります。
 近年は、冬が過ぎて、3月桜が咲き始めて春到来と思いきや、すぐに
汗ばむ夏模様です。10月、夜にはすごしやすい風も吹き始め夏も終わ
りで、すごしやすい秋を迎えたと思えば、もう木枯らしの冬が顔をだし
てきます。
 日本は1年、冬から春へ、夏から秋へ、そして冬へという季節の変わ
りを当たり前のように感じて、楽しみにもして過ごしてきました。
 いつからか、中間季節の春と秋とが影を潜めて、亜熱帯気候もうなず
ける日本となったよ。

 季節の変わり目に、地球温暖化の影響をまた感じます。
 小さな星といっても、実は大きな地球のどこかで知らないうちに忍び
寄る環境破壊の波が、静かに潜行して押し寄せてきているのだ。
 そうして見ると、1国の産業利益を守るため、ひとり二酸化炭素排出
に抗する国の姿は、自然界で起きていることに比べてなんと小さく、で
もきっとそれだけではすまないこと(危機管理)にいずれ直面するのを
知る。

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