ウルトラマンデッカー 第10話「人と怪獣」
今回は怪獣の専門家・カイザキ副隊長に焦点が当てられ、人と怪獣の関係性はどうあるべきか、どうしたいのかが語られることとなりました。
サドラやキングゲスラを倒しては撤退を繰り返す未知の怪獣。カナタたちはカイザキ副隊長の指示のもと、現場周辺の調査にあたることに。未知の怪獣を前に調査に熱が入るカイザキ副隊長を、ムラホシ隊長はもちろん、カナタたちも心配する……こういった隊員間の、戦闘時以外での交流を丁寧に描いてくれるから、デッカーは好きな作品です。新生GUTS-SELECTは学校のクラス、あるいは家族のような温かさが感じられますね。
そんなカイザキ副隊長は怪獣被害に遭った過去があるものの、調べていくうちに怪獣が必ずしも悪ではないことを知ったとのこと。かといって人間が悪とも限らず、人が生きていくうえでは已むを得ない開発もあるという視点を持ち出したのが印象的です。人と怪獣、どちらかの側に偏り過ぎるのは危険でしょうからね。
人と怪獣、どちらが正義で悪か、そう簡単に割り切れる問題ではない。この話を聴いたイチカの反応は、友好的な怪獣・エレキングと身近に接した経験があるが故のものでしょう。あのエレキングだって、普段は大人しいけれども、ひとたび暴れ出せば人間の生活を脅かす「悪」となる。しかしその暴れることにも理由があるとしたら?暴れるから「悪」だと決めつけていいのか?……こうした迷い、悩むことも大切ですね。
互いにとって最も良い選択肢は「共存」となるのでしょうけれども、それもまた簡単な話ではありません。同じウルトラシリーズだと「ウルトラマンコスモス」の世界においても、人どころか同じ怪獣とさえ共存するのが難しそうな毒ガス怪獣エリガルがいました。「ウルトラマンX」においては、スパークドールズ化していたゴモラと友好的な道を築けそうでしたが……こちらも一筋縄ではいかない、険しい道でしたね。
なお、ゴジラシリーズでは「怪獣総進撃」において、ゴジラをはじめとした怪獣がさも当然のように管理下に置かれています。ゴジラが正義の味方であった時代とはいえ、相当に凄いことしてますよね、アレ……
一方、共存とは異なる道が「支配」であり、それこそが今回の事件の鍵を握っていました。首謀者は首謀者なりの「平和」への持論があり、新創獣ネオメガスは、コントローラーが破壊されない限りは支配下に置かれていたため、ある程度の安全性は保障されていたように思えます。
しかし、それが果たしてスフィアや他の怪獣への対抗策としてだけ使用されると、誰が言い切れるのか。スフィアに限らず、気に入らない敵対組織を滅ぼしたり、なんなら他の星に攻め入ったりするかもしれません。どこかモンスアーガーに近しい存在のように感じますね。
デッカーとの戦いにおいては、制御下を外れて本来の力を発揮していました。もしもどこかの国や組織がネオメガスを敢えて暴走させたなら、その暴走を止めるには同じ暴走ネオメガスを差し向けるしかないでしょう。それで倒せたとしても、後には暴走ネオメガスが残り、それを倒すために……という堂々巡りが始まりそうです。
そんなネオメガスとデッカーのバトルは、非常に見ごたえがあるものでした。組み合っている最中からセルジェント光線のチャージを始める様がとにかくカッコよかった……かと思いきや!その後のシチュエーションがこれまた熱い!「支配」されていたネオメガスに対し、「共存」するデッカーとハネジローの力で倒す、という対比も見事でした。ソフビでの遊びがめっちゃ捗りそうなシチュエーションだったなと。
「共存」という大それたことは言えない。出来ることをやるだけ。カイザキ副隊長の今の1秒が、遥かな明日において、人間と怪獣の未来を変えていくのだと感じた第10話でした。ストーリーも、戦闘も見ごたえある良い話でした。
次回はいよいよ登場新兵器!……ですが、案の定不穏な雰囲気が漂っています。「ウルトラマンZ」におけるウルトロイドゼロと同じような展開になるのか、それとも……
今回は怪獣の専門家・カイザキ副隊長に焦点が当てられ、人と怪獣の関係性はどうあるべきか、どうしたいのかが語られることとなりました。
サドラやキングゲスラを倒しては撤退を繰り返す未知の怪獣。カナタたちはカイザキ副隊長の指示のもと、現場周辺の調査にあたることに。未知の怪獣を前に調査に熱が入るカイザキ副隊長を、ムラホシ隊長はもちろん、カナタたちも心配する……こういった隊員間の、戦闘時以外での交流を丁寧に描いてくれるから、デッカーは好きな作品です。新生GUTS-SELECTは学校のクラス、あるいは家族のような温かさが感じられますね。
そんなカイザキ副隊長は怪獣被害に遭った過去があるものの、調べていくうちに怪獣が必ずしも悪ではないことを知ったとのこと。かといって人間が悪とも限らず、人が生きていくうえでは已むを得ない開発もあるという視点を持ち出したのが印象的です。人と怪獣、どちらかの側に偏り過ぎるのは危険でしょうからね。
人と怪獣、どちらが正義で悪か、そう簡単に割り切れる問題ではない。この話を聴いたイチカの反応は、友好的な怪獣・エレキングと身近に接した経験があるが故のものでしょう。あのエレキングだって、普段は大人しいけれども、ひとたび暴れ出せば人間の生活を脅かす「悪」となる。しかしその暴れることにも理由があるとしたら?暴れるから「悪」だと決めつけていいのか?……こうした迷い、悩むことも大切ですね。
互いにとって最も良い選択肢は「共存」となるのでしょうけれども、それもまた簡単な話ではありません。同じウルトラシリーズだと「ウルトラマンコスモス」の世界においても、人どころか同じ怪獣とさえ共存するのが難しそうな毒ガス怪獣エリガルがいました。「ウルトラマンX」においては、スパークドールズ化していたゴモラと友好的な道を築けそうでしたが……こちらも一筋縄ではいかない、険しい道でしたね。
なお、ゴジラシリーズでは「怪獣総進撃」において、ゴジラをはじめとした怪獣がさも当然のように管理下に置かれています。ゴジラが正義の味方であった時代とはいえ、相当に凄いことしてますよね、アレ……
一方、共存とは異なる道が「支配」であり、それこそが今回の事件の鍵を握っていました。首謀者は首謀者なりの「平和」への持論があり、新創獣ネオメガスは、コントローラーが破壊されない限りは支配下に置かれていたため、ある程度の安全性は保障されていたように思えます。
しかし、それが果たしてスフィアや他の怪獣への対抗策としてだけ使用されると、誰が言い切れるのか。スフィアに限らず、気に入らない敵対組織を滅ぼしたり、なんなら他の星に攻め入ったりするかもしれません。どこかモンスアーガーに近しい存在のように感じますね。
デッカーとの戦いにおいては、制御下を外れて本来の力を発揮していました。もしもどこかの国や組織がネオメガスを敢えて暴走させたなら、その暴走を止めるには同じ暴走ネオメガスを差し向けるしかないでしょう。それで倒せたとしても、後には暴走ネオメガスが残り、それを倒すために……という堂々巡りが始まりそうです。
そんなネオメガスとデッカーのバトルは、非常に見ごたえがあるものでした。組み合っている最中からセルジェント光線のチャージを始める様がとにかくカッコよかった……かと思いきや!その後のシチュエーションがこれまた熱い!「支配」されていたネオメガスに対し、「共存」するデッカーとハネジローの力で倒す、という対比も見事でした。ソフビでの遊びがめっちゃ捗りそうなシチュエーションだったなと。
「共存」という大それたことは言えない。出来ることをやるだけ。カイザキ副隊長の今の1秒が、遥かな明日において、人間と怪獣の未来を変えていくのだと感じた第10話でした。ストーリーも、戦闘も見ごたえある良い話でした。
次回はいよいよ登場新兵器!……ですが、案の定不穏な雰囲気が漂っています。「ウルトラマンZ」におけるウルトロイドゼロと同じような展開になるのか、それとも……