仮面ライダーギーツ 第49話(最終回)「黎明Ⅰ:ここからがハイライトだ!」
ツムリに銃口を突きつけられる英寿という前回のラストから一転、視聴者が見せられたのは平和そのものな世界。その世界で英寿は忘れ去られており、覚えているのはジーンとツムリだけ。果たして一体何があったのか……
ということで、ここからがプレイバックだ!と言わんばかりに何故ツムリが英寿を撃ったのか、スエルやオーディエンスたちにどう対処したのかが描写されました。
英寿不在の中でスエルに戦いを挑む景和たち。スエル=リガドオメガのアクセラレート機能は、スエルの時間だけを早めることでダブルライダーキックを放っている最中に同士討ちされることが可能で、リバース機能は道長たちが特別な力を手に入れる前の時間に巻き戻すなど、巻き戻す時間の幅があまりにも長すぎる……まともにやってたら太刀打ちできませんね。
しかし、願いがあるから人が強くなれる。だからこそ願い続ける。諦めない景和たちの願いに応えるように、最後の最後に「仮面ライダー」として登場する英寿、カッコよすぎる……ここぞとばかりにリボルブオンのみならず固有武器のギミックを使うの、良いよね……そして何よりも爆炎の中から現れるギーツⅨがあまりにもカッコよすぎる……!「仮面ライダー」としての姿を通常フォームで、神様・浮世英寿としての活躍をギーツⅨで魅せるとか本当に良かった……
その後は何故ジーンが英寿の、ツムリのもとを訪れたのか明らかになります。ここの描写を見るに、やはり映画は本編後の物語っぽく思えます。
そしてラストに至るまでの描写は、心温まる、心地良い時間を過ごせました。壮大な願いを抱くものもいれば、身近な願いを抱くものもいる。しかし願いに優劣などない。特に道長の願いは、あまりにも身近過ぎるものでしたが、だからこそ共感出来る。身近な願いだからこそ、道長のサポーターになりたい!って人もいるでしょうね。本当に、幸せな時間でした……
また、祢音の願いが「見つける」ではなく「つかまえる」なあたり、相手は見つかっているように感じました。
さて、最終回を迎えた仮面ライダーギーツ。正直序盤はどのように物語が展開していくのか読めず、割と長いこと様子見が続いていましたし、親の愛情に気づかない祢音に疑問を抱いたこともありました。中盤は中盤で道長が何をしたいのか分からず、次第に景和も女神に責任の一切を償わせることに執着するなど、首を傾げてしまう場面もありました。
が、何だかんだで最後まで見ると「見てよかった!」と思える作品でしたね。やはり英寿が安定して強者であり続けたのは大きいと思います。特にギーツⅨ!最後まで最強フォームとしての格を一切落とすことなく、創造と破壊の力で様々な活躍を見せてくれました。初めて相対した敵に対しても多少苦戦こそすれ、一方的な戦いにはならない。やはり最強フォームが強いと安心できますね。
幸せの総量は決まっていて、誰かの願いが叶う時は誰かの願いが潰える時。それが世界の真理だとしても、そんな世界を変えたいと願うことで何かが変わるかもしれない。そんな願いを叶えるためには、願い続けなければならない。時に絶望を突きつけられ、時に一人ではどうしようもない時だってある。そんな時でも諦めなければきっと道は開ける。
願い続けることの大切さ、諦めないことの難しさ。そんな物語が描かれた仮面ライダーギーツ。この世界は英寿が見守ってくれている。そういった思いが願いの支えにもなる。そんなことを感じた最終回でした。幸せな時間をありがとうございました!
そして次回からは仮面ライダーガッチャ―ドがスタート!果たして私はどれほどのライドケミートレカを集めることが出来るのか!(笑。
ツムリに銃口を突きつけられる英寿という前回のラストから一転、視聴者が見せられたのは平和そのものな世界。その世界で英寿は忘れ去られており、覚えているのはジーンとツムリだけ。果たして一体何があったのか……
ということで、ここからがプレイバックだ!と言わんばかりに何故ツムリが英寿を撃ったのか、スエルやオーディエンスたちにどう対処したのかが描写されました。
英寿不在の中でスエルに戦いを挑む景和たち。スエル=リガドオメガのアクセラレート機能は、スエルの時間だけを早めることでダブルライダーキックを放っている最中に同士討ちされることが可能で、リバース機能は道長たちが特別な力を手に入れる前の時間に巻き戻すなど、巻き戻す時間の幅があまりにも長すぎる……まともにやってたら太刀打ちできませんね。
しかし、願いがあるから人が強くなれる。だからこそ願い続ける。諦めない景和たちの願いに応えるように、最後の最後に「仮面ライダー」として登場する英寿、カッコよすぎる……ここぞとばかりにリボルブオンのみならず固有武器のギミックを使うの、良いよね……そして何よりも爆炎の中から現れるギーツⅨがあまりにもカッコよすぎる……!「仮面ライダー」としての姿を通常フォームで、神様・浮世英寿としての活躍をギーツⅨで魅せるとか本当に良かった……
その後は何故ジーンが英寿の、ツムリのもとを訪れたのか明らかになります。ここの描写を見るに、やはり映画は本編後の物語っぽく思えます。
そしてラストに至るまでの描写は、心温まる、心地良い時間を過ごせました。壮大な願いを抱くものもいれば、身近な願いを抱くものもいる。しかし願いに優劣などない。特に道長の願いは、あまりにも身近過ぎるものでしたが、だからこそ共感出来る。身近な願いだからこそ、道長のサポーターになりたい!って人もいるでしょうね。本当に、幸せな時間でした……
また、祢音の願いが「見つける」ではなく「つかまえる」なあたり、相手は見つかっているように感じました。
さて、最終回を迎えた仮面ライダーギーツ。正直序盤はどのように物語が展開していくのか読めず、割と長いこと様子見が続いていましたし、親の愛情に気づかない祢音に疑問を抱いたこともありました。中盤は中盤で道長が何をしたいのか分からず、次第に景和も女神に責任の一切を償わせることに執着するなど、首を傾げてしまう場面もありました。
が、何だかんだで最後まで見ると「見てよかった!」と思える作品でしたね。やはり英寿が安定して強者であり続けたのは大きいと思います。特にギーツⅨ!最後まで最強フォームとしての格を一切落とすことなく、創造と破壊の力で様々な活躍を見せてくれました。初めて相対した敵に対しても多少苦戦こそすれ、一方的な戦いにはならない。やはり最強フォームが強いと安心できますね。
幸せの総量は決まっていて、誰かの願いが叶う時は誰かの願いが潰える時。それが世界の真理だとしても、そんな世界を変えたいと願うことで何かが変わるかもしれない。そんな願いを叶えるためには、願い続けなければならない。時に絶望を突きつけられ、時に一人ではどうしようもない時だってある。そんな時でも諦めなければきっと道は開ける。
願い続けることの大切さ、諦めないことの難しさ。そんな物語が描かれた仮面ライダーギーツ。この世界は英寿が見守ってくれている。そういった思いが願いの支えにもなる。そんなことを感じた最終回でした。幸せな時間をありがとうございました!
そして次回からは仮面ライダーガッチャ―ドがスタート!果たして私はどれほどのライドケミートレカを集めることが出来るのか!(笑。