学生時代、台湾の知識人と突っこんだ会話を展開したことがある、長身の彼は、
「ワタシは 北京のリストにのっているそうです」
「ブラックリストでしょう」
「ふふふ どーでしょう」
親日家の彼は、
「せめて せめて 質実剛健の美風を守り通していれば・・・」
彼は、戦後の日本をシビアに見ていた。
私は、蒋介石のあの治世とニッポンの50年の行政を比較して、つい、
「ニッポンのほうが 良かったのではありませんか」
すると、1秒2・3・4・・・そしてふりしぼるような声が、
「殴った人間には 殴られた者のイタミはわからないでしょう」
その後、この国の国会議員の秘書をしたが、彼ほどの識見の高い人物には会わなかった、そして、あの「なくったひとには なぐられたものの・・・」、そのふりしぼるような真実の声が耳に残っている。