諸行無常なる日々。或いは鬼渡神と神々の源流。

呪われた家系を生きる私の人生観や日常。それに立ち向かう為の神道的な考え。そして因縁の鬼渡神、神々の源流について考えます。

植松聖容疑者を姓名判断する。

2016年08月04日 00時37分16秒 | 占い

前回に続いて植松聖容疑者の話題です。

私、物事を名前で判断する悪い癖があります。これは余り褒められたものではない。しかし、自分には必要だった。運の弱い私にとって姓名判断は人生のナビと言えるので。

勿論、こんな占いで全てが語れるなんて思っていません。ただ、道しるべにはなる。ある程度は人生のコンパスになると思っています。残念ながら周りの者が信じなければ、判っているのに失敗するケースが多いですけど。

さて、今回のお題、大変不謹慎じゃないかと思っています。迷ってました。植松聖容疑者の顔を見れば、姓名判断しなくても人となりが判りますし、書く事も無いかと少なからず思います。

しかし、今回の事件を風化させたくない。罪も無い、否、罪も判らない人たちが19人も殺されたのです。絶対に忘れられない。だから書きたいと思います。例え非難されても。

それでは始めます。

「植(12画) 松(8画) 聖(13画)」。陰陽の流れ五行は大吉です。

「天格20画 人格21画 地画13画 外画25画 総画33画」。画数的には天格の20画が全て台無しにしています。他は全部良い。一番大事な総格も大吉です。それが魔数字20画が全て駄目にしています。

0画系の中でも20画は最凶です。この画数は周りの人に魔を移します。魔を移して生きながらえる画数です。人を不幸にして負を散らしてしか生きられない。だからこの画数の人が生きて行くには多くの方と接した方が良い。反対に周りの人はこの画数の人には近づかない方が良いです。不運に見舞われます。私としては改名を薦めますけど。

男の一文字も凶ですね。これは他の吉数が生きない。不幸であり孤独になりやすいです。因みに私の本名も一文字です。

次に名前の意味。「聖」は「王の口と耳」です。王は自分で見聞きした事しか信じない。自分の発言や意思を押し通す。これは性格的にキツイです。「聖」は凶名です。彼の言動からも「聖」の性格が伺えます。

そして「植」の「直」。「直」は「十、目、道」の三文字が集合しています。そしてその意味は「十人の閻魔王に見つめられ右往左往している罪人」を意味します。

そして木へん。「木で首を吊る罪人」と言う意味です。そう言う死に方をする。残念ながら合っていますね。本当に残念ですけど。

こんなこと今ごろ姓名判断しても意味がないかも知れないですね。空しさしかないです。

私、大麻は日本のエネルギーとして必要。大麻で石油を造り、日本のエネルギーを自国で供給すべきと考えていましたが、大麻がこの事件を引き起こした一因となっている。これは考えさせられます。何でこんな自分中心の人間がいるのか。

否、植松聖容疑者みたいな人物はどこにでもいる。ただ、ギリギリで立ち止まっているだけなのではと思うと怖さが先に立ちます。こんな人間、消えて欲しい。本当に。

もっと考えなければなりませんね。障害者の介護について。こんな事件が二度と起きないように。

私はただ、殺された方々の冥福と重傷を負った方々の回復を祈るしか無いです。

 

ではでは。

コメント (12)
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