諸行無常なる日々。或いは鬼渡神と神々の源流。

呪われた家系を生きる私の人生観や日常。それに立ち向かう為の神道的な考え。そして因縁の鬼渡神、神々の源流について考えます。

「めちゃイケ」「みなおか」終了を想う。

2017年11月13日 01時27分33秒 | 出版・テレビ・CM・ドラマ・映画
以前、東京で〇〇興業が関わっているタブロイド紙で働いていた事があります。

当時、○○興業は若手芸人の本格東京進出を計っていたらしく、売り出し中だったナ〇ナ〇に力を入れ、紙面で漫才ネタをやったり、彼らのヘアヌードなんか特集したり、紙面でクダラナイ売り込みをしていました。呆れた内容。

本当に読者の事なんて全然考えていない。バカバカしい。全然活字を分かっていない。「この程度か〇本は」と思ったものです。

そんな事考えていたらタブロイド紙の方が、半年で30億円以上注ぎ込み資金が尽きて廃刊(泣目)。〇本は出資した5億円無駄にして撤退しました。

どっちも馬鹿です。勿論、そんなタブロイド紙に就職した私も大馬鹿。そなんもんです、私の人生は(泣き笑い)。

さて、ナイナイの「めちゃイケ」、とんねるずの「みなおか」の二大お笑い長寿番組終了が決まった様です。

私、昔に両番組を見た事はあるのですが、全然面白くない。こんなテレビ、見ている時間が勿体無いと思い殆ど見ませんでしたが、

まだ続いていたとは驚きです。そりゃテレビ離れも進む筈です。あのワンパターンのクダラナイ番組を20年前後放送しているのですから。

私がこれらの番組を嫌った理由の一つは笑い声の効果音です。全然面白くないのに笑い声のテープで笑いを点火させる。

こんな低レベルな笑いで面白いと思うほど、私は幸せな人生を歩んでいません。「馬鹿にすんな」と思いましたよ。

それとナイナイ・〇村の自分のお笑いは正しい感と言うか、何時もの自分の枠に嵌ったような笑いを通そうとするいやらしさにイライラしました。何時もワンパターン。とんねるずも同じ感じ。

私は変化を求む男。チョット見ただけで飽きてしまいました。

それ以上に嫌だったのは疎外感です。何か出演者が自分たちだけで楽しんでいる感じ。テレビで見ている者は視聴者は蚊帳の外と言うか、「お前はそこで黙って見ていろ」と言われている感じがしてた。いたたまれなかった。見ていて苦痛さえ感じた。

多分、多くの視聴者もそう感じていた。とっくに寿命は尽きていた。

視聴者を阻害し外野においての笑い。「勝手にやってろ」と言いたい。あれでは視聴率は取れなくなるのも当たり前だと思います。

今の時代、素人が主人公になれます。ネットで自分で発信出来る。その方が断然楽しい。仲間外れ感、疎外感を感じさせる番組なんて誰が見るのでしょう。よくもまあ、あの程度の視聴率で続けさせていたと思いますよ。

何時も思うのですが、テレビ局は芸能プロダクションの為に存在するのでしょうか。視聴者を阻害してまで番組を作っていたとしか思えない。

それで視聴率なんてよく言えると思います。視聴率が大分前からこれらの番組にNOを突き付けていた。それを今頃になって渋々飲んだ。そんな感じなのでしょうね。

後番組とどうなるのか分かりませんが、私に興味を持たせてくれる番組を希望します。人生の半分を過ぎたのです。同じ事はもう沢山。私に新たな発見をさせてくれ。

そうじゃないとネットに勝てないですよ。スポンサーももっともっと降りて行く。ますますテレビはジリ貧になって行く。

何時までもお笑いタレントに頼っている様では、テレビは必要ないです。新聞や出版業界みたいになります。

今頃気が付いて動いている様では遅いかも知れませんけど。


ではでは。




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