諸行無常なる日々。或いは鬼渡神と神々の源流。

呪われた家系を生きる私の人生観や日常。それに立ち向かう為の神道的な考え。そして因縁の鬼渡神、神々の源流について考えます。

元旦は氏神か大歳神に初参りするのが好ましい。そしてお賽銭はお幾らが宜しいか?

2024年12月16日 10時30分46秒 | 神道
上記のタイトルですが、こんなルールなんてありません。

ただ、正月なのだから自分の住んでいる地域の氏神か、年越しの神である大歳神に参拝するのが、本来なのではないかな。そんな感じです。

っとは言え、大歳神を祀る神社って本当に少ないです。

何故かって。

そりゃ当時の朝廷や天皇家にとって都合の悪い神だからです。

何で都合が悪いのか。

そんな事言ったら、私も色々と柵のある人生を送っているので、そう気安く言えません。何れ詳しく語ろうかとは思いますが、取りあえずは「天照大神前霊だから」とだけ言っておきます。

さて、「初参りは何をお願いしようか」と考えている方も多いと思いますが、神道は「受代苦」の思想があります。

受代苦については私、再三語っていますが、「神は人の代わりに自らが罪を犯し、人の為に自らが酷い目に遭い、人の為に罪を受ける尊い存在」。それが受代苦の思想です。だから神道の神は尊いのです。

そんな人の為に苦しんでいる神に対して恋愛成就とか、商売繁盛とか、子孫繁栄とか、長寿祈願なんて邪道だとは言いませんが、やはり一番伝えるべきは感謝です。

自分の罪を引き受けて頂いている御かげで、今年も無事に過ごせました。有難うございます」。これが初詣の一番の基本です。

私としては初詣なのだから、先ずは感謝。それだけで済ませるべきだと思います。

でも、願いを叶えて貰いたいと思っている貴方もいますよね。

それだったら、貴方も多少の受代苦を受けるべきです。

それにはどうしたら良いのか。

そんなの神社の社に立てば分かるでしょ。その為の物が用意してあるでしょ。

そう、賽銭箱にお賽銭をお入れするのです。自分の経済面を考慮して、少々、高額のお賽銭を入れましょう。

よく、「ご縁があるように」とか言って5円玉オンリーの方がいますが、それは5円の価値の受代苦です。大して効果なんてないです。大した受代苦ではないですから。

例えば、その100倍の500円ではどうか。

500円は自炊している私にとっては中々の金額です。私の経済面で中々の金額をお賽銭として賽銭箱にお入れする。そりゃ、中々の御利益があると言うものでしょう。500円分の受代苦をしたのですから。

それと絶対にしてはいけない事。

初詣は多くの参拝客でごった返します。そこで必ず見かける光景ですが、10円玉辺りを投げ入れる行為です。

あれは大変宜しくない。銭形平次が盗賊に銭をぶつけるのと同じです。

神は受代苦で人の罪と苦しみを背負っていただいているのです。それなのに10円玉をぶつけられたら、貴方はどう思いますか。

私だったら「祟って、祟って、祟ってやる」です。それだけは絶対にやってはいけない。

お賽銭は順番を真摯な気持ちでお待ちして、お賽銭箱にそっと丁重にお入れくださいまし。それこそが本当のお賽銭です(キッパリ)。

神社が神が鎮座する場所です。鎮まりお座りになっている場所です。そこに金を投げ入れるなんて行為するなら、行かない方が絶対に良いです。

まっ、私はそう考えております。


ではでは。







コメント (8)
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