昨夜、冷たい雨。
山の上ホテル別館2階「海」において開催された、
「第三回 さろん・ど・くだん-佐佐木幸綱さんとの夕べ-」
参加者128名。
俳句の超結社の同人誌「件の会」の方々と俳人、
歌人の参加である。
わが結社からは14名。
短歌に加えて俳句をたしなむ方がいらっしゃるが、
「件の会」の黒田杏子さんをはじめ、
坪内稔典さんなど俳人の方々もわが結社の会員なのである。
先生のお話はスポーツ・父と息子・酒・アニミズムをキーワードに
ご自身の作品を引用しながら短歌史と自分史を重ね合わせて、
初めての方にも分かりやすい内容であったと思う。
正面に座られた金子兜太さん、また「件の会」の論客との
丁々発止のやりとりが刺激的であった。
この「件の会」の論客のお一人、細谷喨々さんが、
なんと25年ぶりにお目にかかった
聖路加国際病院の小児科のドクターなのであった。
結婚後、妊娠するまで一年半ほど図書室に務めていたとき、
クラシックなペントハウスの図書室に、
よく細谷先生はおみえになっていたのだ。
当時の図書室のチーフは今はアメリカにいらっしゃるのだけれど、
仲良しでよく遊びにみえられていたのだ。
今では副院長であり、小児総合医療センター長に
なられている先生でいらっしゃるので、
私が一方的に覚えているだけで、一年半いただけの
アルバイトの私を覚えていらっしゃるはずもないが、
チーフのお名前を聞かれると、「今でも時々お会いしています」
とのこと。
小児科も図書室もともに病院では花形ではなくて、
効率を考えれば削られる部分であるので、
先生もチーフもともに闘う同志といった面があったと思う。
多分、戦い続けられて、日野原先生の信を得て、
副病院長になられたのだろう。
あの頃より髪は白くなられたが、
眼光鋭く、すっきりと無駄なく立たれるお姿に
背筋が伸びる思いであった。
「新しいものに出会う」つもりで参加した会であるのに、
思いもかけず四半世紀も昔の方との出会いがあったのである。
山の上ホテル別館2階「海」において開催された、
「第三回 さろん・ど・くだん-佐佐木幸綱さんとの夕べ-」
参加者128名。
俳句の超結社の同人誌「件の会」の方々と俳人、
歌人の参加である。
わが結社からは14名。
短歌に加えて俳句をたしなむ方がいらっしゃるが、
「件の会」の黒田杏子さんをはじめ、
坪内稔典さんなど俳人の方々もわが結社の会員なのである。
先生のお話はスポーツ・父と息子・酒・アニミズムをキーワードに
ご自身の作品を引用しながら短歌史と自分史を重ね合わせて、
初めての方にも分かりやすい内容であったと思う。
正面に座られた金子兜太さん、また「件の会」の論客との
丁々発止のやりとりが刺激的であった。
この「件の会」の論客のお一人、細谷喨々さんが、
なんと25年ぶりにお目にかかった
聖路加国際病院の小児科のドクターなのであった。
結婚後、妊娠するまで一年半ほど図書室に務めていたとき、
クラシックなペントハウスの図書室に、
よく細谷先生はおみえになっていたのだ。
当時の図書室のチーフは今はアメリカにいらっしゃるのだけれど、
仲良しでよく遊びにみえられていたのだ。
今では副院長であり、小児総合医療センター長に
なられている先生でいらっしゃるので、
私が一方的に覚えているだけで、一年半いただけの
アルバイトの私を覚えていらっしゃるはずもないが、
チーフのお名前を聞かれると、「今でも時々お会いしています」
とのこと。
小児科も図書室もともに病院では花形ではなくて、
効率を考えれば削られる部分であるので、
先生もチーフもともに闘う同志といった面があったと思う。
多分、戦い続けられて、日野原先生の信を得て、
副病院長になられたのだろう。
あの頃より髪は白くなられたが、
眼光鋭く、すっきりと無駄なく立たれるお姿に
背筋が伸びる思いであった。
「新しいものに出会う」つもりで参加した会であるのに、
思いもかけず四半世紀も昔の方との出会いがあったのである。