お金は怖い。
怖いものだからこそ、細心の注意と覚悟が必要なものだとも思っている。お金の基本的性質は流通手段であったはずだ。物々交換の域を超えて、物資の流通を円滑に行う手段として、通貨は非常に効率のよいものであった。
だが、お金は財産としての性格も有する。安定した生活を保証するだけでなく、人よりも豊かな生活さえ実現してくれる。使い方次第では、権力にさえ成りうる。
しかも、お金には色はつかない。コツコツと貯めようと、他人から強奪しようと、お金そのものには変わりはない。それゆえに、古来よりお金は犯罪につきものであった。
今、曖昧にお金と書いたが、金地金はともかく、通常お金の価値は通貨として測られる。もっといえば、お金は国家が通貨として保証して初めてお金になる。
通貨は国家なくしてありえない。もちろん過去においてはディナール金貨のように、複数の国家間どころか、広大な地域にあっても通貨として通用したものもあった。
しかし、それは金や銀といった稀少金属の含有あってのもの。今日のように経済規模が飛躍的に拡大した世界では、金や銀といった稀少金属は通貨の主役とはなりえない。あまりに量が少なすぎるのだ。
今日のこの超巨大な経済市場を支える通貨の大半が、金銀との兌換を前提としない国家保証の通貨なのも当然のことだ。
ところが巨額のお金を有するようになったもの(個人、法人問わず)は、自分の有するお金について国家の干渉を嫌うようになる。つまり税金というコストを国家に払いたくない。
そこから生まれたのが所謂タックスヘイブンだ。租税回避地とされ、ケイマン諸島や香港などが有名だ。先進国の政府は、このタックスヘイブンを利用した脱税を抑制しようと、様々な会議を開き情報を集めて努力している。
しかし、未だ根絶には程遠く、むしろ租税回避の手段は巧妙化しているのが現状だろう。無理もないと思う。私に言わせればロンドンのシティだって広い意味ではタックスヘイブンに思えるし、アメリカとりわけデラウェア州なんざ政府ぐるみでタックスヘイブン政策を推進しているようにみえてならない。
ところがアルカイーダによる9、11以降、少し風向きが変わった。タックスヘイブンがテロ組織のマネーロンダリング(資金洗浄)に使われている現実が明らかになったからだ。
対テロ・ヒステリーに陥ったアメリカのせいで、匿名口座などは極めて作るのが難しくなっているようだ。もっとも、自分の稼ぎを税金にもっていかれたくないと考える人は、あいも変わらず跡を絶たず、新たな租税回避の手段が考案されては、それを各国政府が追いかけることにも変わりはない。
表題の作品は、そんなタックスヘイブンの実情を舞台に描かれている。比較的分かりやすいと思うので、興味がありましたら是非どうぞ。個人的には、税理士として色々考えさせられた問題作です。