御坊ちゃまには荷が重いことはある。
正直言えば、三菱自動車の燃費偽装はひど過ぎると思う。初犯ならともかく、これで偽装は三度目?いや、トラックのタイヤの事件を入れれば四回目か。
最初に言っておくと、私の三菱の車に対する評価は決して低くない。特にエンジンの作りは、かつての日産並みの水準だと思っている。そのことは、日本人よりも、中古の日本車を扱っている世界各国の中古車販売業者が良く知っている。
車を廃車にすると、以前はスクラップにされていた。しかし、現在は解体され、使われる部品ごとにバラされて、世界各地に輸出されている。評判がイイのが、ゴーン以前の日産と三菱のエンジンだ。
とにかく頑丈で、信頼性の高いエンジンだとの評判が確立している。シリンダーブロックなどは、十二分な厚さがあり、コスト削減が徹底しているトヨタのエンジンよりも、はるかに信頼性が高い。
もっともトヨタでも、クラウンのエンジンは別格だそうだから、トヨタは分かっていて削っているのだろう。乾いた雑巾を、更に絞るトヨタ流のコスト削減意識の顕れではあり、その意味では評価できる。
でも、中古の日本車市場では、エンジンがタフな車といえば三菱であった。業者に言わせると、職人魂を感じる作りだそうで、コンピューターソフトの設計だけでは、このような頑丈な、つまり無駄の多い造りにはならないそうである。
私も小耳にはさんだことがある。とにかく、三菱の工場は、現場が強い権限を持っていて、本社から来たエリートさんたちの言う事を聞かないらしいと。つまり、現場の意見がまかり通り、上層部との風通しが極めて悪い社風であるらしいと噂されていた。
あくまで噂ではあったが、私には思い当る節があった。私の母校は、三菱の岩崎弥太郎がスポンサーであった関係で、就職先も財閥系企業が多く、三菱はその筆頭である。
同期のみならず先輩にも後輩にも、三菱系の企業に勤めている者が少なくない。だから、なんとなく感じていたのだが、総じて品のイイ御坊ちゃまが多かった。もちろん個人差は相当にあるし、旧制高校の流れを汲むだけに伝統的な体育会系の出身者と、文科系、サークル系ではだいぶ違う。
だが、家柄も良く、育ちのいい、良家の出身者が多いことは感じていた。彼らは人当たりが良く、如才なく、手際もイイ。人脈豊富で、交際上手で、企業が欲しがるのも無理ないと思っていた。
ただ、育ちの悪い私の僻みかもしれないが、明るく、綺麗で、整理整頓されたところでは活躍できるが、そうでないところでは案外通じない人たちではないかとも思っていた。
私はよく知っていた。白いワイシャツにネクタイを締めている背広組を嫌いな人たちがいることを。手足は機械油で汚れ、作業着は薄汚れ、そこから覗く手足の筋肉が逞しい労働者たちは、その典型であった。
私が子供の頃の遊び場の一つは、町工場の脇であり、そこには、いつも彼らが働いていた。仕事が終われば銭湯に繰り出し、汗を流したら、裏通りの飲み屋街で野球をTV観戦しつつ、酒を飲みかわす職人さんたちは、私にとっては普通の隣人に過ぎなかった。
しかし、大学で知り合った毛色のイイ御坊ちゃんたちには、いささか敬遠したい人種であろうことは、容易に想像がついた。そして、三菱自動車には、そのような職人気質の労働者が少なくない。
だからこそ、タフで信頼のおけるエンジンを作れたのだろうが、反面背広組の上司のいう事をなかなか聞かない頑固ものが多かったのだろうと想像している。一概に悪い訳ではないが、三菱自動車では、それを気風として容認していたらしい。
その結果、風通しの悪い会社となり、現場の意見と、上層部の意見が食い違うと、それを誤魔化してしまったのだろうと容易に想像がつく。燃費偽装問題が起きたのも、その風通しの悪さが大きな要因であることは、記者会見で社長自ら語る有り様である。
これは私の偏見だが、如何にお坊ちゃんと云えども、昔はそれなりに気骨があった。しかし、一人っ子が多く、伝統的な先輩後輩の縦社会にも不慣れな最近のお坊ちゃんには、あの頑固な職人気質の労働者を仕切ることは出来なかったのではないだろうか。私には、そう思えて仕方ありません。