ヌマンタの書斎

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鬱病の原因

2018-09-14 11:49:00 | 日記

妖怪のせいなのさ。

そう言い切った方が楽かもしれない。何のことかと言うと、うつ病や自律神経失調症といった精神系の病気のことである。

私は20代の頃に、非常に強い薬を多量に、しかも長期間にわたり服用していたが、そのせいで鬱状態に陥ったことがある。もっとも当時は、その症状が鬱からくるものだと分かっていなかった。もちろん、薬の副作用だなんて考えもしなかった。

でもはっきり覚えているのは、あの精神的な苦しさである。身体が重苦しく感じるほどに辛かった。とにかく苦しくて、なにが苦しいのかも分からないけど、身体を動かすことが億劫うで、一日家にこもって布団にもぐりこんでいた。

私は基本的に楽天的というよりも能天気なところがある。鬱の経験がまったくなかったので、それが精神的な苦しみだと思いつかなかった。ただ、当時難病のせいで、長期にわたり自宅療養を強いられていたので、そのせいだと思い込んでいた。

鬱病だと知ったのは、ある程度回復し、社会人として働き出してからだ。インターネットが普及し、同じ難病患者が集うサイトで開催されたオフ会で、ステロイドの副作用の一つに鬱があると聞かされて、思わずなるほどと思った。

そういえば、ステロイドには躁鬱作用があると記されていたけど、当時は自分が鬱になること自体、まったく想定していなかったので気が付かなかった。だから、単純に苦しんでいた。本当に苦しかった。

この経験があるから、精神的な苦しみで、働くことが出来ず、家にひきこもる人たちの気持ちはある程度理解できる。

でも、理解は出来ても、時として理解したくない場合もある。

仕事柄、いわゆる資産家と云われる人たちと会うことは珍しくない。もちろん一部だと思うが、この資産家の子弟には、案外とニートが多い。誤解を招くといけないから、はっきり言うが大半は親の資産を十分認識しており、それを守るための意識が強い真面目で勤勉な人だ。

また親の資産と自分は別と云わんばかりに、自らの仕事に集中して、それなりに実績を挙げている立派な方もいる。世の偏見とは裏腹に、資産家の子弟は案外と真面目で、堅実な方が多い。

しかし、例外はどこにでもある。

小学生の頃のクラスメイトにH君がいた。素直で真面目で、人当たりが良くて、とても感じのイイ奴だった。家はマンションの最上階を独占していて、いわゆるオーナー様であった。卓球が出来るくらい広いベランダにビックリしたものだ。祖父は地主様であり、長男である父親はH君とは違ってすごく偉そうにしていたことは覚えている。

あの頃は、私やH君他数名でプラモデルの同好会に入っていて、広い自室をもっているH君の家で、各自が作った自慢のプラモデルを見せ合っていた。その趣味をH君のお父さんはあまり好意的にはみていなかったと思う。それでも、私たちはH君とは仲良くやっていた。

でも進学した中学校が違ったので、私は次第にH君とは疎遠になっていた。あれから40年以上がたったある日のことだ。東京近郊の顧客の元を訪問し、帰りが遅くなったので、駅の近くの居酒屋で夕食をとっていたら隣の席の客に声をかけられた。

誰かと思ったら、小学校の時のクラスメイトのMとSであった。二人ともプラモデル仲間であったが、中学が違ったので再会したのは、ほぼ40年ぶりである。

二人ともこのあたりに住んでいるのだが、それは偶然であったらしく、偶にこうして飲んでいるそうだ。久々であったので、いろいろと情報交換をしている最中に、プラモ仲間であったH君の事を尋ねたら、二人とも急に暗い顔つきになった。

「Hの奴、多分、今も自宅に引きこもっていると思う」と云われて、私はビックリした。あの人当たりの良いイイ奴が?!

H君は中学に入った後、急に音楽に目覚めたようで、バンドを組んでエレキギターをかき鳴らし出した。そのせいでMやSとも距離を置くようになった。まァ、これはよくある話である。

その後、高校に進学した頃には、それなりに人気があるアマチュア・バンドの一員となって学園祭などで演奏していた。この頃からH君は親との喧嘩が絶えず、幼馴染でもあるMやSの元にH君の母親から「息子の目を覚まさせてほしい」なんて連絡もあったそうだ。

私は知らなかったが、地元の大地主であるH家では、息子を弁護士にして財産を守らせることを考えていたらしい。だからこそ、プラモデルもバンドも父親には到底認められるものではなかったようだ。

結局、音楽は大学までとの約束で一応、進学したのだが、父親の希望である弁護士になるための勉強は碌にせず、バンド仲間と遊び呆けていたらしい。ところが在学中に、そのバンドに某音楽プロダクションから連絡があり、急遽デビューが決まった。

大喜びのH君は、MやSにもコンサートのチケットを配り、是非聴きに来てくれと連絡してきた。そのコンサートはジョイント形式で、5つくらいのバンドが出演して、複数の音楽プロダクションやら、どこぞのプロデューサーやらが審査員として招かれていた。

某市民ホールでのコンサートであったそうで、MやSも興味津々で行った。しかし、結果は悲惨であった。会場はほぼ満席であったが、その観客の大半は既に人気があった4つのバンドのファンで、H君のバンドは実力的に大きく劣ることが素人のMやSにも分かる有り様であった。

だからH君のバンドが演奏中は、観客がトイレに行ったり、雑談をしたりと悲惨な状況であった。そして当然にプロデビューの話は流れた。バンドのメンバーは失望と怒りから仲がおかしくなり、その後解散してしまった。

それだけでは済まなかった。バンドのマネージャーをやっていた女性が、コンサートの売上金などを持って逃亡してしまった。その女性はH君の彼女であったので、H君も疑われてしまい、人間不信に陥って自宅に引きこもってしまった。

その後、地元でH君が専門学校に通って司法試験を目指しているとMとSは聞いていたそうだ。だが、高校、大学と音楽ばかりやっていたH君には、なかなか厳しい受験生活であったようだ。

そのせいで、クラス会などにもH君は顔をみせなくなったので、自然と疎遠になった。ところが数年後、H君が親を刺したとの噂が仲間内に駆け巡った。いったい、何が起きたのか。

Mが又聞きの話だがと前置きした上で話してくれた真相は衝撃的であった。H君のバンドにプロデビューの話を持ち込んできた人物は、実は父親の指示を受けており、最初から実力的に差が明白なコンサートに紛れ込ませて、恥をかかせてバンドを解体させることが目的であった。

そして、H君の彼女でもあった女性マネージャーは、それを承知の上で企画にのり、その上売上金の持ち逃げも、父親の指図を受けてのことで、そのための褒賞も別に貰っていたそうだ。

それがばれたのは、その女性が逃亡先の海外から一時帰国しているところを偶然にH君に見つかってしまったからだ。激高するH君に真相を話し、唖然茫然としている隙に、その女性は再び逃亡してしまった。

後に残されたH君は、もはや父親に確認するしかなかった。そして父親は、もう終わったことだと淡々と事実を語り、何事もなかったかのようにH君に「そろそろ本腰をいれて司法試験に挑め」と命じて自室に戻ろうとした。

その瞬間、隠し持っていた包丁でH君は刺したらしい。そのあたりの事情は噂混じり、虚実混じりなので、どこまで本当かは分からないとMは疲れたように呟いた。

分かっているのは、パトカーや救急車が来て大騒ぎになったことと、新聞などには報じられず、またH君は刑務所に行くこともなかったこと。そして、どうやら心が壊れてしまったようで、時折母親に連れられての病院通いをしていることだけであった。

音楽活動とは無縁であった幼馴染のMとSのことを母親は覚えていて、時たま話し相手になってくれと呼ばれたこともあったそうだ。でも、MやSが話しかけても、まるで反応がなく、まるで人形に話しかけているみたいで気持ち悪かったとSが嘆いていた。

それが十年以上前のことで、ここしばらくは音なし。だから今、どうなっているのかは、まるで分からないんだよとMが話を締めてくれた。

Mに対してH君の母親は、重度の鬱病なのよと説明していたそうだが、Mは信じられないと吐き捨てた。「ありゃ、なにか強い薬を飲まされているに違いない」と怒り気味であった。

Sは冷静に、「あれは確かに心の病気だと思うけど、病気の原因は親だよ。他に考えられないね」と言っていたが、私も同感であった。

H君は転校生の私に、とても親切に接してくれた貴重なクラスメイトであった。その丁寧で、温和な態度に、当時心が荒れていた私はずいぶんと助けられた。そんなH君の心を壊すまでに追い詰めた親の存在が、私には信じられない。

おそらく、どんな名医でもH君の心は治せないと思う。治さなければならないのは、H君の親たちだったはずだ。多分、心の奥底でH君は分かっていると思う。でも、優しいH君は親から完全に離れることが出来なかったのだろう。

心の病気は、時としてその原因が本人ではなく、周囲の人間にこそある場合がある。赤の他人ならば逃げればイイが、家族ではそうはいかない。他人ならば憎めるが、家族だと憎み切るのは難しい。

いっそ妖怪に憑かれたのだと思い込んだほうが楽ではないかと思ってしまいます。

コメント (2)
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