栄光のドイツ海軍は何処へ。
そう思わざるを得なかったのが、今年になって私の目に飛び込んできたドイツ海軍の貧状である。ドイツ海軍といえば、なんといってもUボートで大西洋を席巻したことで知られている。しかし、第二次世界大戦の敗北ですべてが変った。
実質アメリカの強い干渉があり、かつてのような海軍を持つことが出来なくなっているが、それでもドイツの保有する通常型潜水艦の高性能ぶりは有名であった。日本、ロシアと並ぶ通常型潜水艦の製造国であり、輸出も盛んである。
実を言えば、現代では潜水艦といえば原子力潜水艦こそが主流である。これは性能的に当然なのだが、どの国でも自由に保有できる訳ではない。だからこそ通常型の潜水艦の需要がある。その商機に応じているのは、ロシアとドイツだけである。
湾内を周遊観光する潜水艇ならいざ知らず、外洋を航行できる潜水艦に民需はない。だからこそ通常型といえでも軍事機密の塊である。ちなみにアメリカは通常型潜水艦を今は作っていないし、保有してもいない。その為、西側の国で潜水艦が必要な場合は、もっぱらドイツがその需要に応じていた。
日本は基本、軍事品の輸出はしていないのだが、日本製の潜水艦の需要は潜在的には少なくない。性能面でいえば、ロシア、ドイツに匹敵する高性能であるとされているからだ。
ただ、私はドイツ製の潜水艦に一日の長があると考えている。潜水艦の任務は乗組員に過酷な環境を強いる。一航海で三か月余り、外部との連絡は取れず、探知されないために静かな生活が求められる。これだけでも相当なストレスだ。
加えて狭い艦内での共同生活は辛い。狭いうえに、一つのベッドを複数で交替で使用する。密室生活における数少ない楽しみは食事なのだが、潜水艦の場合炊事さえ制限される。だから各国とも潜水艦の乗員には高給が支払われるが、それでも人気がない。
ドイツの潜水艦は、そのあたりを考慮して乗組員の数が少なく設計されている。日本及びロシアの6割程度の乗員で潜水艦を運用できる。やはり、これは第二次大戦のUボートの経験が活きているのだと思う。日本はこの点、乗員の質の高さで勝負しているようなところがあるので、人員削減にあまり積極的ではない。少子化が進む21世紀、遠からず日本は乗員不足に悩むと思う。
ところが、そのドイツで驚くべき報告が今年春先になされた。現在、ドイツ海軍が運用している潜水艦の過半数が、整備不良から航海できないという。また運用中の潜水艦も、整備を見直す必要があり、最悪航海できる潜水艦がなくなるかもしれないという。
何分、軍事上の情報なので、その信頼性には疑問符が持たれるが、それでもドイツ海軍が予算不足で、他の海上艦でも整備不足からの問題が報じられているので、かなり可能性が高いと思われる。
この情報がロシアならば驚かない。機械に対する信頼性が高いドイツだからこそ、この報告には驚かされた。艦船だけでなく、自動車、工作機械、鉄道など、ドイツ製品に対する信頼性の高さはブランドとなっている。いったい、何が起きているのか。
私は気になって、あれこれと探っていたのだが、現時点で云えるのは、この事態を引き起こしたのはドイツ国民の厭戦気分であることだ。
冷戦時代、ベルリンの壁に象徴されるように東西陣営の最前線であったドイツには、常に軍事的な緊張感が存在していた。しかし旧ソ連の解体と、ベルリンの壁崩壊の結果、EUが成立したことが事態を一変させた。
ドイツはこのヨーロッパ共同代の中にあって、政治的に目立つことを浮黷ス。財政面ではEUの中核であるからこそ、ドイツの存在が突出して周辺の国々から危険視されることを警戒した。
それゆえに軍事予算を削減することで、政治的なプレゼンス(存在感)を薄めることを目指した。これはEUという巨大な存在の中にいることで、軍事的なリスクが大幅に減った現実とも適合したことも大きい。
その結果が、潜水艦の整備不足による運用停止を引き起こしたらしいのだ。云わば確信犯的な所業ではあるが、私のようなドイツ製品信仰を持っている人間には、俄かには信じがたいことでもある。
ドイツ政府の判断が妥当なものかどうかは、歴史の判断に任せたい。でも、これでいいのかとの思いは拭いきれない。同時に浮ュ思う。戦争への危機感がなくなると、ドイツでさえ品質を落としてしまうのか。ならば、日本はこの先、どうなるのだろうか。
幸か不幸か、極東アジアではシナとコリアという不安要素が今も健在なので、軍事的緊張感から解放される可能性は低い。だが、永遠の平和があり得ないのと同様に、永遠の緊張もあり得ない。
もし極東アジアの地域に、大規模な緊張緩和が訪れたのならば、日本もまたドイツ同様に、堕落してしまうのかもしれません。いや、アメリカの軍事保護下にあるがゆえに、甘えきった平和志向の日本です。ドイツ以上にだらけること、請け合いですね。