笑いと狂気は背中合わせ。
東京は武蔵野市の瀟洒な住宅街に赤と白を基調にした奇矯な家がある。また吉祥寺の繁華街から徒歩数分にある井の頭公園に赤と白の横シマ模様のシャツを着た痩身の中年男性が散歩していて、周囲から完全に浮いていた。
それがホラー漫画の大家といわれた楳図かずおの自宅兼仕事場であり、奇抜なスタイルの男性こそが楳図本人であった。私が実際に見た姿であり、光景なので忘れがたい印象がある。誤解を恐れず正直に書いてしまうと、楳図かずお本人はかなりの変人に思えた。
ファッションが奇矯に感じる他は、その行動自体はいたって普通であり、人様の迷惑になるようなことはしていないと思う。また吉祥寺の東側、井の頭公園の北側は富裕層の住む瀟洒な住宅街のなかで、赤と白を基調とした楳図邸は、たしかに浮いていたと思う。実際、近隣の住民から訴えられたほどだが、訴えたのは2名であり、その主張は裁判で否定されている。
実際に日常生活においては普通の人に思えたが、直に見た私の目にはある種の狂気を感じられたのも事実である。おそらく心の奥底に狂気を秘めていた人だと思うが、それを笑いに転じさせることで心のバランスを保っていたと私は解釈していた。
私が子供の頃から読んでいた漫画家であり「漂流教室」「イアラ」といった恐怖漫画から「まことちゃん」のようなギャグ漫画などを目に通していた。そのホラー漫画には狂気を感じさせる一方で、予想外の笑いを引き寄せる矛盾が合わさっていた。
それが何を原因とするのかは分からない。ただ、思い返すとその秘密の一端が表れていたのが表題の作品ではないだろうか。雑誌少年キングに連載され少年サンデーに移籍していて、後にTV漫画(当時はこう呼ばれていた)化された。
主人公は猫又と人間の混血児であり、妖怪からは異端扱いされ、人間からは妖怪扱いされる悲劇的な背景を持っている。にもかかわらず、彼は弱い者の味方であろうとする。妖怪を逆恨みすることもなく、人間に八つ当たりすることもなかった。
子供向け漫画なのだから当然に思えるかもしれないが、どこか自分を抑えた感じがして私の記憶に妙な印象を残している。人間でもなく妖怪でもない不思議な立ち位置を平然と受け入れる姿は、奇矯さを揶揄されながらも孤高の漫画家として活躍した楳図本人の理想像なのかもしれない。
どうも楳図家は教師を数多く輩出した厳格な家庭であり、当時は漫画家に対する評価も今以上に厳しいものであった。その上徹底した楳図本人はオリジナル主義で模倣を嫌い、孤立を恐れず、それでいて漫画家の枠に収まることもしない。
TV出演も多く、作詞作曲まで手掛け、多彩な人脈を誇るが、決して誰かの下風に立つことはなかった。そんな楳図を思い返すと、猫目小僧が事件を解決したのち、振り返ることもなく淡々と旅を続ける姿がかぶってくるのです。
先週、その楳図氏の訃報が報じられました。謹んでお悔やみ申し上げます。
また一人巨匠が亡くなりましたね。
怪奇マンガの原点はこの人の作品でした。作品を読むと夜中に一人でトイレに行けないし、お茶に鱗が入ってないかビクビクしてました。
今でも、ホラータッチといえばこの人の画風がパロディされるし、ホラーのアイコンですよね。
哀悼の意を表します。
楳図かずおさん、亡くなりましたね・・。
子供の頃から大好きな漫画家だったので、ショックも大きいです。
私は「イアラ」が一番好きなのですが、「猫目小僧」と「おろち」がその次位に好きでした。
特に「猫目小僧」の肉玉の話は、小さい頃深いトラウマになった作品で、一生忘れられないと思います。
長きにわたり、本当に楽しませてもらいました。ご冥福をお祈りいたします。