前回も少しだけこの谷について触れたが、尾勝谷は南アルプスの千丈岳の懐深くから始まり、入笠を源(みなもと)とする小黒川の「小」の取れた黒川に流れ込み、黒川はそこから約3キロほど流れて三峰川と合流する。今日の写真は、その尾勝谷にある最後の堰堤である。前回はここまで来られずに引き返している。
この谷には一般車は入ることができないが、ここまでは写真のような立派な車道がある。ただし途中2カ所ばかり、なぜか道路は寸断されていて、仮に車で来たとしても、最初の寸断個所から先は歩くしかない。この堰堤から先にも同じような車道が谷の中に残っているが、数百メートル先の三峰川電源開発の取り入れ口で終わっている。今回はこのすぐ先で、本流と支流がふたつに分岐している場所まで行ってみた。ここまで約1時間である。
少し話を戻すが、最後の堰堤を超えるには、左手隅に急なコンクリート壁に埋め込まれたコの字の鉄の棒でできた段々がある。申し訳程度のもので、一般的とは言えない。今回は犬を連れていたので余計、この段々を利用することはできなかった。
右手の車道のどんずまりの、落葉樹の生えた急な斜面に、注意しなければ分からないようなかすかな踏み跡を見付けた。どうやらそれが、稀に訪れる登山者の高巻に利用されている道筋のようだった。ただしこれとて、一般登山道とはとても言えない。一か所古い工事用のロープが取り付けられていたが、あまり頼りにはできない。
尾勝谷の谷底から見上げれば、空の高いところから落ちてくるような両岸の山腹の荒っぽさにも惹かれたが、ここの渓相も気に入った。谷には巨岩がごろごろしていて、その間を縫うように清冽な水がしぶきを上げて流れ、随所にあるよどみが真っ青な水を湛えて流れに余裕を与えながら、この谷の魅力をいっそう引き立てていた。そんな眺めに気を取られていると、溢れる春の日差しを浴びた堰堤や道路といった人工物までが、この谷の中では自然の一部になってしまったかのようで、その自然とはまたいかにも南アルプス的な、朴訥とした雰囲気だった。
まだ新緑には早いが、周囲はぽつんぽつんと見える常緑樹のモミの木以外すべて落葉樹の原生林で、この深い谷の中の木々が芽吹き始めたら、いまはまだ乾燥して素っ気なく見える両岸の眺めが、どのように変身した姿を見せてくれるのか楽しみだ。