思い決めた通り昨日は、仕事を1時間ばかり早く切り上げて小黒川林道を下った。この梅雨の時期、崩落を繰り返す林道の通過は普段ならばやらない。仙流荘で風呂を浴びるという目的の他に、笹平沢の入口を再確認しておきたいという気持が、同じくらい強くあったからだ。
富士見に移り住み、1年の大半を単身で暮らしながら南アルプスの北部に詳しいM氏から、笹平沢に沿って木材の搬出道路ができたと最近になって聞いた。その時は即座に、それは東谷の勘違いだろうと言って否定はしたが、こちらが笹平沢だと決めていた沢が、万が一そうではない可能性が全くないわけではなかった。
この沢にその昔には山径があって、現在もなお通行可能であるなら白岩岳方面への登山路として使えるかも知れないと、かねてより種平小屋の主人とその踏査について話をしていた。その沢を笹平沢とした根拠は2万5000分の1の地図ともう一つ、「フトノ峠」に通ずる古い山径の存在で、対岸の笹平沢と思われる沢から約300メートルほど林道を下った右手に、その径が現在も残っているはずで、そのことは知っていた。
東谷を過ぎてしばらくして、対岸の狭い、しかし水量はかなりあるの笹平沢出会いを確認した。もちろん、搬出道路などその谷にはなかった。それで今度は、沢の対岸にフトノ峠に通ずる山径を見付ければ、地図と現地が一致することになる。そう思って、一度は獣道で時間の無駄をした後、慎重に車で林道を下っていった。見逃し、下り過ぎたかと思い掛けたところで、右手から落ちてくる急な斜面に1本の古い山径が斜上しているのを見付けた。それが正しくフトノ峠に通ずる山径であった。
以前、鹿嶺高原までを往復したときの帰路、フトノ峠からその古道を下ろうとして痛い思いをしたことがあった。その話を北原のお師匠にしたら、峠に通ずる山道の途中には、神社があると教えてもらった。富士見のM氏も同じその山径からフトノ峠を目指し、途中で登路がわからなくなり断念した折、その神社を見たと言っていた。
それでついでにと、その神社まで足を伸ばしてみることにした。(つづく)
待望の天体望遠鏡をかんと氏が「雨も連れて(本人の言葉)」、ここまでわざわざ持ってきてくれた。恐悦。
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