入笠牧場その日その時

入笠牧場の花.星.動物

     ’22年「秋」(28)

2022年09月07日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 やはり、台風一過の好天とはならなかった。天は性格が悪くなるばかりだと思っていたら、テレビのニュースを見ていると(ここでは新聞は配達されない、読めない)「今年は日照時間が長かったから」と言う人がいて、まさに耳を疑った。県内のワイン向けブドウの栽培者で、収穫を前にしてブドウの出来の良さをそう理由付けしていた。
 気象庁はつい先日、今年の関東甲信越の梅雨明けを、6月の末から約1か月後の7月23日に変えたが、梅雨が終わったら、早くも今度は秋霖を思わせるような天気が始ったと感じていた。だから個人的には、今年は短命な夏さえここには来なかったと決めて、さっさと8月1日からこの独り言の題名を「秋」にしてしまったわけだが、そういう者としてその言葉はあまりに意外という他ない。
 しかし、これもテレビの広告の端っこによく出てくる「個人の感想」ではまずいと思い調べてみようとしたが、これがまた意外なことに簡単ではなかった。ともかく結論は、ここで考えていたほど格別に異常ではなかった、ということのようだ。

 天気のことについては愚痴らない、とすでに呟いたことを忘れてはいない。だから愚痴らない。あくまでもきょうも一日青空は望めないという入笠牧場の天気状況を、気にしている人もいると考えてお伝えした次第。
 
 音もなく降り続く雨、こういう天気も「秋だなぁ」としみじみ感じている。大分コナシの葉も黄色くなってきたし、落葉松の葉も同じく深緑の色に茶の色が現れ始めた。水の吸い上げを止めたと判断してもいいだろう。
 その林の中に生えるキノコは、今年はどうだろうかと気にしている。そう思いつつまだ行ってはいないが、昼飯を食べたら雨具を着て、牛のご機嫌を伺いついでにあの林へも行ってみようか。
 落葉松も成長して、ひところは「畑」と呼んでいたあの場所も、いつしかその数をすっかり減らし、見付けにくくなってきた。それだけ、ここでの年月が過ぎたということを、あんなキノコも教えてくれているのだろう。

 もう一つ教えられた、ボイジャー2号、1号が打ち上げられてから45年も経ったことを。今も時速6万キロの速さで、何もない宇宙空間を飛び続けている。最近は見てないが、地球から遠ざかる距離を表わす数字のうしろ何桁かが、もの凄い速さで変わっていく。
 スーザン・オズボーンの「浜辺の歌」のあの導入部も一緒になって、二つの探査機を擬人化して、その数字の変わる速さを健気とも、不憫とも、複雑な思いをしながら見たものだ。
 
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     ’22年「秋」(27)

2022年09月06日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 曇り空のせいもあって4時近くともなれば、周囲の雰囲気はもう夕暮れが迫りつつあるようだった。そんな中を、一人の登山者が小黒川林道から牧場内の道に入り、そして通り過ぎていった。遠くからその姿を見て、その人のように一人で秋の山を歩いたころを思い出し・・・、いや、正確に言うなら思い出そうとした。
 しかし、咄嗟に思い浮かべることのできる具体的な山が、山行が甦ってこなかった。谷川はどうか、穂高はどうか、そうやってひとつひとつの山域を限って、絞り出すようにして思い出せば、ゾロゾロと出てくる。それでも、そうやって思い出した記憶の山々は、残念なことにあまり多くを語ってくれなかった。

 なぜだろうか。こうやって今も山の中に暮らし、こんな真夜中に起き出して、さっきからそのことを考えていた。
 きょうも頭数確認を終え、給塩を済ませ、小入笠まで登った。電気牧柵はどこにも支障はなく、最終点で6200ボルトの電圧を確認して、満足して下りてきた。途中、眼下に諏訪湖を久しぶりに見たような気がしたし、北アルプスは雲の中だったが、遠くの塩尻やその先も視界に入った。
 いつもの山歩きで、それを仕事としている。このくらい自然の中を歩いていれば、他の山などへいかなくてもそれで気が済むようだ。まして登攀などということは、まるで他人事のようにしか考えられない。
 言ってしまえば、これで不足していないということか。粗末な食事であっても、腹いっぱい食べれば少なくとも満たされる。さんざん惚れた相手でも、そこそこ不満のない生活を新しい別の相手と続けるようになれば、過去の熱はいつしか平温に落ちつく、と聞くが、ウーン。

 ならばこの入笠も、そして牧の暮らしも、相手は平凡であるけれど悪気はなく素直で、容姿はほどほどの中肉中背、臀部はしっかり者の性格を象徴するかのよう、といったことになるのか。もちろんこっちとて、とても多くを望める身ではないけれど。
 そういうことだろうか、かつての山のことをあまり懐かしむ気がないということは。加えて、記憶力、思考力の衰えも相当のものだ。この場合は、それを「幸い」と言ってもいいのかも知れない。

 先日里へ下りた。少しづつ黄金色に染まりかけた稲田はまだ取入れ前なのに、もう村祭りは終わったと神社総代のTDS君から教えられた。五穀豊穣を神に祈るにはまだ少し早過ぎるだろうにと、その気の早さを控え目に吠えておいた。

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     ’22年「秋」(26)

2022年09月02日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 午前7時、曇天。どこかで牛の啼く声がする。餌とか塩を求めるような声とは違う。群から離れてしまった牛が、心細くなって啼いたのだろう。一度聞こえて来ただけで、あとは電気牧柵の単調な脈動のような音がするだけで、鳥の声も、虫の声もしない。
 あれあれ、ホルスの一群が囲いの中へ入ってきた。先程の声はこの群れの中の1頭が、仲間を誘った合図だったのかも知れない。多分そうだろう。ホルスは和牛を避けるように朝囲いへ来て、和牛の方は大体が夕暮れ時に来る。
 どちらの群れも、どこに寝ているかは分からない。明るくなれば、すぐに草を食べ始めるから、囲い以外の場所では、反芻の時を省けば牛たちの寝ている姿を見たことがない。



 小入笠へ登る途中でヌメリカラマツタケを見付けた。5,6個あったが、雨でかなり痛んでいたのでそのままにしてきた。
 きょうは午前中は天気が回復しそうだから、またしても発生した電牧の不良問題を解決したら、いつもの林へ出掛けてみようか。

 一昨日は電気牧柵に問題はなかった。ところが昨日、小入笠の頭で電圧を計ったら計測器が全く反応しない。落胆、途方に暮れた。登ってきながらの点検では、リボンワイヤーやアルミ線に切断された箇所もなければ、不良個所もなかったのだ。
 頭数確認を済ませて、弁天様の近くで計測してみれば、ナント8000ボルトは優にある。ところが、横線と縦線の交わるところでは、計測器は小入笠の頭と同じく反応しない。小入笠の頭を頂点にして、三角形の底辺の一部、たった数百㍍の間でそれだけの電気が、どこかで失われてしまっていることになる。電気が流れなければ、早晩鹿に切られるか、悪くすれば牛たちの脱柵にも繋がりかねない。
 ようやく昨日の夕方遅く、スパークしている所を一箇所見付けておいた。きょうはまずその部分を何メートルか、リボンワイヤーを取り換えてみようと思っている。電流が流れなければ電圧は計れない、しかし流れていては電線に触れることができない。電気を切ったり入れたりしながら、数百㍍の距離をきょうも何度となく往復を繰り返すことになる。

 もうとっくに晴れ間だ出ても良さそうなものだが、相変わらずの曇り空。週末のキャンプの予約は、台風11号の影響を心配してか、予約は取り消された。仕方ない。

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     ’22年「秋」(25)

2022年09月01日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 昨年、今年と山で暮らようになって、コスモスの花を見る機会がすっかり減ってしまった。山室川の流れる芝平の谷の中に一箇所、それと千代田湖を経由する場合にその手前の集落の松倉にもう一箇所、この花を目にするのにいかにも相応しいと思える場所があった。
 
 昨日用事で高遠へ下った折に、行きは松倉を通り、帰りは芝平を通って帰ってきた。松倉では、長年眺めてきたイチゴ畑の脇にあった一叢のコスモスは刈り取られてしまい、芝平では、元住人であった北原のお師匠も驚いていたように、目下のところ清流はオオハンガンソウの黄色い花に埋め尽くされ、コスモスの花は片隅に追いやられてしまっていた。
 それでも、どちらの集落でもコスモスの花を全く目にすることができなかったわけではないし、特に芝平の谷に繁茂した目立ち過ぎのオオハンガンソウに比べれば、この花の控え目に咲く楚々とした風情、趣は、却って良かったような気がする。
 そして、うしろ姿を一度目にしただけの、遠い異国で短い一生を終えたあの人のことも、その花の姿と重なった。シスターE。

 先程、小屋にいた撮影に関わる若い女性たちから、寒いからストーブを焚いても良いかと問い合わせが来た。気温は18度あった。標高1700㍍を越える山に半袖で着飾って来て寒いなどと、あまりに無知、もしくは思慮が足りないのではないかと思い、そう言った。
 しかし、考えてみればこちらも、都会の炎暑などもう覚えていない夏を忘れた者だから、暑い砂漠から来た彼女らへの配慮が足りないと言われればそうかも知れない。どっちもどっちのような話だ。
 寒いというのを駄目だとも言えず、窓を開けて大型の1台に火を点けてきた。それにしてもいつものことながら、気を遣わせる側と遣わせられる側がいて、何ともご苦労なことだ。

 秋はいい。その季節を象徴する一つがコスモスの花だと思う。ゆっくりと、静かに何かが終わっていく、そういう終幕の予感を感じさせる季節に、山室川の川辺に咲くコスモスの花は相応しく、美しい。

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