牛たちは最後に牛守の言うことを聞いてくれ、素直に囲いの中に入った。そしてそこで1日を台風に耐え、きょうトラックに乗せられて牧を去っていった。いつもながら感ずる、かけてやる言葉の思い付かないまま見送るもどかしさ、それが彼女たちとの短い縁(えにし)の終わりとなった。
牛の姿が消えた広い牧に立って、秋風に吹かれながら大きな空を眺めていれば、その後の消息を知らないまま「もの思う牛27番」のこと、小柄ながら意外と気の強かったジャージー牛20番や、映画に出演を果たしたホルスの22番のことなどを、またふと思い出すこともあるだろう。(9月21日記)
先週は好天が続き、その間、いろいろなことがあった。懐かしい人たち何人かと会い、台風14号の動きに気を揉んだ。週末のキャンプの予約は、1件を残して全てが取り消しとなり、富士見のゴンドラの運行も中止となった。結果、入笠は人の気配が消えてしまった。
そして今週の月曜日19日、北原のお師匠が逝った。この一大事が、台風14号と一緒になって不出来な弟子の頭の中を混乱させ、その影響は言うまでもなく「経験のない規模の台風」よりかも余程大きかった。超えた。
草を毟っている時に意識を失い、病院に搬送されたものの意識の回復はかなわず、そこで数日間を過ごし93年の生涯を静かに終えたという。
そういう動静は知らされていた。孫のS君と二人で師が運び上げた御所平峠の地蔵尊へ行き、病勢の回復を祈ったりもしたが、ついに師は意識を取り戻すまでには至らなかった。
お師匠、幽明を異にする今、なぜあなたのことを「お師匠」と呼んだか、その理由をここで初めてお伝えしておきます。それは師の生地である芝平、さらには入笠、就中古道「法華道」への強く、深い思い入れであります。わたくしも、それについては人後に落ちることはないと自負していましたが、しかし、あなたには勝てませんでした。それがあなたの弟子になり、師匠とお呼びした理由です。
もし来世があるなら、かならずわたくしはあなたの前に立ちます。そしてまた師弟の絆を復活させていただきたいと願っています。それまでのしばしのお別れです。ありがとうございました。
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本日はこの辺で。