秋はこの季節らしい風物や人を連れてくる。夕暮れを待って第1牧区へ上がっていったら、折しも御嶽山と手前の経ヶ岳の頭上に、燃える夕焼けを目にした。天気が良ければここではいつも大きくて、深い空がある。牛の姿が消えた草原で、その代わりと言ったらよいのか、目に沁みる夕焼けにまた出会えた。
季節は進む。湿り気を帯びた林の中、色付き始めた木々の葉を眺め、落葉を踏み、小さな沢を渡り、普段はあまり行くことのない鹿たちの蒐場(ぬたば)の横を歩いた。蒐場というのは鹿たちがそこで、虫などから身を守るため身体に泥を塗りつける場所のことだ。
そのそばには大きな岩があり、2年前には下牧に応じなかった和牛2頭が残留を決めていた場所でもある。手懐けるまでには大分時間がかかったが、最後には牛守を信用して餌を食べている間に捕獲した。ただそこに至るまでは、方法について大分頭を悩ませたものだ。それから4人の手を借りてトラックに乗せて里へ帰した。その畜主の牛が今年も来ていた。
秋の森は独特のいい匂いがする。今では想像するくらいしか許されないが、落ち葉と枯れ枝を集めて小さな火を焚き、茶を沸かし、酒を温めたこともあった。湯桧曽川の畔、立場沢の奥、屛風一の沢の出会い、半世紀近くも前のことでも昨日のことのように思い出す。雨にも濡れたし、雪も降った、それでもなぜか秋の季節、林の中で平和に憩っていた場面ばかりが目に浮かんでくる。一人の山行は山の良さをしみじみと味わい、複数の時は山の愉しさを喜んだ。
谷川の新潟県側はなめこの特産地だったが、いまでも高崎辺りから定期券まで用意して、あの山中へ入っていくキノコ採りがいるのだろうか。無人の土樽の駅で、長いこと上りの列車を待っていたら、前橋から来たという濡鼠になったキノコ採りの老人と会い、冬を目前に固い蕗の薹を貰った。記憶の中の上越の山はいつも暗く侘しい。
入笠から、いつの間にか記憶があらぬ方向へ彷徨い出した。この山の周辺で充分に満足しているし、もう他の山へ行ってみたいとは滅多には思わないが、その滅多な時がきょうの気紛れであったのだろう。
天候はあまり良くない。これで果たしてきょう一杯保つか、続々と車がやってきた。
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本日はこの辺で。