新型コロナウイルスは体内にいつまで残るのか
新型コロナウイルス感染症の患者の大半は2週間以内に急性期から回復する。だが、ウイルスのかけらは必ずしもすぐに消え去るわけではない。入院した患者を対象とした過去最大規模の研究から、一部の患者ではウイルスの残骸が数週間から数カ月間にわたって体内に残り続け、重症度や死亡率と関連があることがわかった。
5月11日付けで学術誌「GeroScience」に発表された研究によると、PCR検査で最初に陽性と判定されてから14日後以降にもウイルスの遺伝物質であるRNAが残っていた場合は、そうでない例と比べて、症状がより重くなる、せん妄を経験する、入院が長期化するといった傾向がみられ、また死亡のリスクも高まるという。
ワクチンあるいは過去の感染から得られた免疫を持たない場合、新型コロナウイルスはまず複製を繰り返して体中に広がり、鼻、口、腸を通って外へ排出される。しかし大半の感染者においては、体内のウイルスレベルは感染から3〜6日でピークを迎え、10日以内に免疫系によって取り除かれる。だが、この期間以降にもウイルスのRNAが残ることがあり、一般に感染力は持たないが、PCR検査では検出される。
患者の重症度、挿管や基礎疾患の有無などを考慮したうえでも、「今回の結果は、PCR検査で陽性が続く患者の方が、経過が良くないことを示唆しています」と、研究を主導した米ノースウェスタン大学ファインバーグ医学部の神経学者アーユシュ・バトラ氏は言う。
ウイルスのしつこさはまた、さまざまな症状が数カ月間にわたって続くこともある新型コロナ後遺症と関連している可能性もある。政府が発表した推定では、現在米国だけでも770万人から2300万人が新型コロナ後遺症を発症していると言われる。
バトラ氏の研究は、急性期にウイルスを排出する期間が長引いた患者は、新型コロナで重い経過をたどるリスクが高いことを示していると、米カリフォルニア大学サンフランシスコ校のウイルス学者・免疫学者のティモシー・ヘンリッチ氏は言う。しかし同研究では、長く残ったウイルスが新型コロナ後遺症の直接の原因であるかどうかについての調査は行っていない。
「新型コロナ後遺症の原因については、ウイルスのしつこさを含め、有力な仮説が複数あります。おそらくは複数の経路が存在し、一人ひとり程度も異なるものと思われます」と、米スタンフォードヘルスケアの医師で、新型コロナ後遺症患者のために新たに開設された「新型コロナ急性期後症候群クリニック」の共同所長リンダ・ゲング氏は言う。
しつこいウイルス
バトラ氏のチームが新型コロナウイルスの持続性の研究を始めたのは、再入院する患者の一部に、最初に感染と診断されてから4〜5週間たっても、まだ検査で陽性となる人たちがいたことがきっかけだった。
チームは今回の研究のために、2020年3月から8月の間にノースウェスタン大学の関連医療施設に新型コロナで入院した患者2518人の分析を行った。彼らが注目したのは、精度の高い基準として認められているPCR検査だった。なぜなら、PCRはウイルスの遺伝物質を検出するため感度が高く、偽陰性を示す可能性が比較的低いからだった。
その結果判明したのは、患者の42%で、最初の陽性判定から14日以上にわたってPCR検査で陽性が続いていたことだった。さらにそのうちの12%が90日以上たってもまだ陽性となっていた。陽性の最長記録は269日後だった。
ウイルスの持続性はかねてより、比較的小規模な研究においても指摘されていた。これらの研究からは、新型コロナの明確な症状がない患者であっても、2〜3カ月かそれ以上にわたってウイルスを保有していたことが明らかになっている。免疫系が弱体化している患者においては、ウイルスが1年間体内から排除されない例もある。
スタンフォード大学で行われた慢性的な新型コロナへの感染に関する試験では、患者の4%において、診断から7カ月後にも便の中にウイルスのRNAが排出され続けていた。バトラ氏の研究はしかし、これまで考えられていたよりも多くの患者において、ウイルスの完全な排除に長い時間がかかっていることを示している。
「RNAの排出が長引くのは、体内のどこかにまだウイルスがいる場所があるということです」と、米マサチューセッツ総合病院、米ハーバード大学医学部、米タフツ大学に所属する神経科学者マイケル・バンエルザッカー氏は言う。そうした場所があるせいで、ウイルスが長く残り、免疫系の異常な働きを引き起こして、新型コロナ後遺症の原因となっているものと思われる。
「一部の患者はさまざまな理由から、こうした場所からウイルスを排除できないか、または免疫系が異常な反応をして持続的な症状が起こるのです。それが新型コロナ後遺症という名で呼ばれるようになったのです」とバトラ氏は言う。
一方で、ウイルスのRNAを新型コロナ後遺症と結びつけるには、まだ証拠は十分ではないと考える科学者も多い。
眠れるウイルス
新型コロナウイルスが長く潜伏する場所がたくさん特定されつつある。ウイルスやRNAは、初感染から4カ月後の患者の腸からも、回復後100日以上たってから亡くなったドナーの肺からも検出されている。
2022年2月に査読前の論文を投稿するサーバー「Research Square」に発表された研究によると、虫垂と胸の組織から、それぞれ感染後175日、462日の時点でウイルスの一部とRNAが検出されたという。また、同じ「Research Square」に2021年12月に発表された未査読の米国国立衛生研究所の研究では、血液から検出されない場合でも、脳をはじめ複数の組織で7カ月以上にわたって低レベルの新型コロナウイルスが検出されている。
人生のどこかの時点で遭遇したウイルスが、ヒトの体内で生き延びているのが見つかるのはそう珍しいことではないと語るのは、東京大学のウイルス学者、佐藤佳氏だ。事実、佐藤氏の研究は、エプスタインバーウイルスや水痘・帯状疱疹ウイルス(水ぼうそうの原因)など、ヘルペスウイルスの多くは、休眠状態で人の体内に残る例が少なくないことを示している。これらのウイルスの量は通常少ないため、広範な遺伝子配列の解読を行わない限り確認できない。
この事実は、残っているウイルスと新型コロナ後遺症の関連を証明することが、いかに複雑であるかを表している。たとえば帯状疱疹は、水ぼうそうの感染から何十年もたってから、免疫系へのストレスによって潜伏中のウイルスが再び活性化して発症する。
新型コロナウイルスも同じように長期の健康問題の原因となり得る。ヘンリッチ氏は、ウイルスが深部組織に潜伏している場合、免疫系を調節不能な炎症状態に移行させる可能性があると考えている。そうした炎症状態こそが、「新型コロナウイルスには、体内に残り続けて不安定な休戦状態を築く能力があることを証明していると言えるのではないでしょうか」とバンエルザッカー氏は言う。
とはいえ、残るウイルスを新型コロナ後遺症と結びつけるには広範な研究が必要だ。「今はまだ、現在提唱されているどのメカニズムについても、確固たる結論を出すうえで十分なことがわかっているとは言えませんが、その答えを出すための研究は活発に進められています」とゲング氏は言う。
残り続けるウイルスの除去が鍵か
ゲング、ヘンリッチ両氏のグループはそれぞれ、ファイザー社製の経口抗ウイルス薬「パクスロビド」を患者に投与したところ、新型コロナ後遺症の症状が改善されたとの予備的な症例研究を発表している。パクスロビドにはウイルスの複製を止める働きがあり、それが残留ウイルスの除去に効果を発揮しているのではないかと考える専門家もいる。ただし両氏とも、パクスロビドが安全かつ効果的で信頼に足る新型コロナ後遺症の治療薬であると考えるのは時期尚早であると注意を促している。
「パクスロビドが新型コロナ後遺症の治療にどのように効果を発揮するかについての興味深い仮説はいくつか存在しますが、結論を出すにはさらなる調査と臨床試験が必要となります」とゲング氏は言う。
米国食品医薬品局(FDA)は、新型コロナ後遺症の治療薬として承認されていないパクスロビドの適応外使用に対して警告を発している。パクスロビドについて同局は、重症化リスクの高い、軽症から中等症の新型コロナ患者の治療において、検査で陽性が出た直後、1日2回5日間の緊急的な使用を承認している(編注:日本では「パキロビッド」として新型コロナ感染症の治療薬として特例承認されており、後遺症への処方は認められていない)。
「長期的かつ持続的な効果を得るためには、最適な使用期間を検討することが重要です」とゲング氏は言う。
バイデン米大統領は保健福祉省長官に、新型コロナ後遺症に関する国家行動計画の作成を指示し、また国立衛生研究所は、新型コロナに関連した健康への長期的な影響を理解・予防・治療するための複数年に及ぶ研究プロジェクト「RECOVER」を立ち上げた。
一方、ワクチンは引き続き重症化を防ぐだけでなく、数多くの新型コロナ後遺症の症状を防ぐこともできるという証拠も出てきている。5月7日付けで学術誌「Open Forum Infectious Diseases」に発表された新たな研究からは、ワクチン未接種の新型コロナ患者150万人と、ブレイクスルー感染した接種済み患者2万5225人を比較したところ、感染後28日目の時点で、ワクチンが新型コロナウイルス後遺症の発症リスクを有意に減少させていたことがわかった。ワクチン接種の予防効果は、感染後90日目にはさらに大きくなっていた。
「大半の人は新型コロナ後遺症を発症しませんが、リスクがあることに変わりはなく、コロナは感染後最初の10日間が過ぎれば終わりというわけではありません」とヘンリッチ氏は言う。「新型コロナ感染症に真剣に対処しなければ、人生が変わってしまう事態になりかねないのです」
文=SANJAY MISHRA/訳=北村京子(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2022年5月26日公開)
※掲載される投稿は投稿者個人の見解であり、日本経済新聞社の見解ではありません。
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高橋祥子ジーンクエスト 取締役ファウンダー
- 別の視点
書籍『感染症の世界史』には、感染症と人間の戦いは4つの収め方があると書かれています。 ①宿主が微生物の攻撃で敗北して死滅する ②宿主側の攻撃が功を奏して、微生物が敗北して絶滅する ③宿主と微生物が和平関係を築く ④宿主と微生物がそれぞれに防御を固めて、果てしない戦いを繰り広げる 記事にある水ぼうそうのウイルスは④のケースで、感染すると宿主の細胞に永久に潜み、和平関係のように見えても宿主が弱ったすきを狙って帯状疱疹などを引き起こします。新型コロナウイルスが体内に残っていても無害なら③ですし、後遺症を引き起こしているのであれば④です。まだわからない結末を明らかにするにはさらなる科学が必要です。
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