妊娠中の加熱式タバコによって児のアレルギー疾患リスクが上がる
産婦人科 稲葉可奈子(関東中央病院)
スペシャリストの視点2022年10月28日 (金)配信 一般内科疾患小児科疾患産婦人科疾患
今回扱う論文
Maternal heated tobacco product use during pregnancy and allergy in offspring
Allergy. 2022 Sep 29.
はじめに
喫煙率の下げ止まりと加熱式タバコの登場
妊娠中の喫煙による影響として、胎児発育遅延/低出生体重児、流産、早産、常位胎盤早期剥離、乳幼児突然死症候群などがあり、受動喫煙でもそのリスクが上がることは広く知られています。日本の喫煙率は、男性は年々減少傾向にありますが、女性はここ20年ほぼ横ばいから漸減程度で、2019年時点で男性27.1%、女性7.6%[1]でした。
喫煙者のうち20%以上が加熱式タバコを使用しており、特に若い世代で加熱式タバコを使用する人が多く、20-30代の女性では約50%が加熱式タバコを使用しています。この世代はちょうど妊娠・出産する可能性のある世代ですが、加熱式タバコの妊娠への影響についてはまだエビデンスが十分ではなく、近年明らかになりつつあるところで、妊婦さんへの適切な情報提供のためにも最新の知見を共有したいと思います。
論文概要
妊娠中の加熱式タバコの使用と児のアレルギー疾患有病率が関連
3歳未満の乳児がいる母子5688組を対象に、妊娠中の加熱式タバコの使用と児のアレルギー疾患の有無について調査した。2.4%の女性が妊娠中に加熱式タバコを使用していた。アレルギー疾患(乳幼児喘息、鼻炎、結膜炎、アトピー性皮膚炎)の有病率は乳児全体で7.8%、妊娠中の加熱式タバコ喫煙者の児で15.2%(PR=1.98)、妊娠3カ月前までの加熱式タバコ喫煙者の児では11.2%(PR=1.40)だった。妊娠中の母親の1日の加熱式タバコ喫煙量が10本増加すると、児のアレルギーが5%増加し(PR=1.05)、用量との相関が見られた。
私の視点
加熱式タバコの有害性のエビデンス
社会全体で見ると喫煙率は下がってきていますが、前述の通り、女性は長年10%前後でほぼ横ばい、男性も下げ止まり傾向にあり、加熱式タバコの普及が喫煙率の下げ止まり傾向の理由の一つだとも指摘されています。
東京都葛飾区のデータでは、乳幼児のいる家庭における喫煙率は、約20年前には60%以上でしたが、2020年には約30%にまで減少してきています。しかし、逆にいえば、いまだに乳幼児がいる家庭の30%は家族の中に喫煙者がいる[2]ということです。これは決して低い値ではありません。
従来のタバコの妊娠への影響や乳幼児への影響についてはエビデンスも蓄積されており、啓発や注意喚起が行動変容につながりにくいとはいえ、そのリスクについて患者さんに十分に伝えることができます。一方、加熱式タバコについては、「加熱式なら大丈夫」と過信されている風潮もあります。しかしながら、加熱式タバコも妊娠経過や児へ影響を与えるリスクがあるというエビデンスが蓄積されてきており、2021年には、妊娠中の加熱式タバコの使用により、妊娠高血圧症候群と低体重出生のリスクが上がることが報告[3]されています。そして本研究により、児のアレルギー疾患のリスクが上がることも明らかになりました。子どものアレルギー疾患については関心の高い親が多いので、加熱式タバコをやめることで子どもがアレルギー疾患になるのを防げるかもしれないという情報は、禁煙するモチベーションになり得ると思われます。
本研究では、同居家族の加熱式タバコの使用の影響については明らかになっていませんが、加熱式タバコでも受動喫煙のリスクが示唆されており、今後エビデンスが蓄積されていくと思われます。
日常臨床への生かし方
エビデンスとコミュニケーションの組み合わせ
妊娠すると、過度に食生活や生活習慣に気を遣う人がいる一方で、良くないと分かっていながら喫煙をやめることができない人もいます。喫煙している妊婦さんに対しては、「言っても聞かない」と諦めるのではなく、まずは具体的にどのようなリスクがあるのかをお伝えするのが良いでしょう。中には、本当に知らなかっただけで、説明を聞いて禁煙もしくは節煙をしようと考えを改める人もいます。
禁煙できない人ももちろんいます。ただ、完全に禁煙しなくても、本数を減らすだけでリスクが下がることが、本研究からも明らかになりました。頭ごなしに叱るのではなく、「禁煙が難しければ、まずは少しずつ本数を減らしてみませんか」と寄り添っていただければと思います。
そして従来のタバコと同様、加熱式タバコも、産後の乳幼児の誤飲のリスクがあります。むしろ、加熱式タバコの方が紙巻タバコよりも誤飲しそうになった割合が高いこと[4]が分かっています。妊娠中の影響だけでなく、赤ちゃんが生まれてからのリスクという意味でも、妊婦さんだけでなく同居家族の禁煙を促すことが非常に重要です。そして同居家族の禁煙は、妊婦さん自身の禁煙のためにも有効です。それでも禁煙できない人には、子どもの誤飲予防のために、「せめて家では吸わないようにしましょう」などの現実的な対策をお伝えすることも有用です。
エビデンスを基に患者さんに情報提供することは医療の基本ではありますが、エビデンスをただ伝えるだけでは行動変容にはつながりません。エビデンスと適切なコミュニケーションの組み合わせによって、より良い医療が実現できると思います。
※参考文献
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます