祟りの一種?

2016-11-08 07:31:08 | タナカ君的日常
 夜中の2時頃に目覚めてトイレに行き、 再度の眠りにつくまで、暫く寝付けない時間を持て余ます。 まあこれは「老化に伴う避け様の無い現象」 とそれまでは諦めていたのだが、 数日前に父の妹になる叔母さんからの電話を受けてからの夜中の寝付きの悪化については、 「こういうのを祟りと言うのかも・・・」と想ってしまうほど寝付きが悪くなってしまった。

 叔母さんからの電話の内容は 「死後の葬儀」に関する話だった。 まあ、それは電話で聞くまでも無く、 最近は叔母さんの家を訪れる度に直接聞いていたことの繰り返しなのですが・・・。

要約すると

1. 自分の死後の葬儀の手配は
   支払いも含めて△☓社に手配済み。

2. 葬儀に関して心配事が2つある。

 2-1. 義理の息子(キリスト教?)が喪主となるだろうが、
     仏式で葬儀を出してくれるか?

 2-2 遺骨を夫の遺骨が納まる寺の墓地に
     一緒に埋葬してもらえるか?

3. 葬儀にたいする希望の実現
    成人に達している孫
   (叔母は良い人間関係を維持していると思っている)に
    希望を伝えてあり、 願い叶えてくれるように頼んである。
    しかし独身でまだ20代の孫には荷が重いかもしれない。

4. 希望の葬儀を出せるように、お前が孫を手助けして欲しい。

 というものだ。

 以前から「後妻として入った家で尽くしてきた夫と同じ墓に眠りたい」との希望は繰り返し聞かされて来た。 そんな時に俺は「焼き場で骨の一カケラでも貰っておいて、 いざとなったら、 それをオジサンの墓に入れてもらうから」、 「それで良しとしてよ」 みたいな返事をしておいたのだ。

 叔母さんの兄が今年の秋に亡くなった事で、 叔母にとっては兄弟全員が先立ってしまい、 最後に独り残されてしまった事で 「残された自分もいづれは死ぬ」 そんな現実に圧倒される気持ちに陥っていのだろう。

 まだ三人も老齢になった兄弟姉妹が存命していた2年前まで、 叔母さんの口から出る愚痴は自分自身の足腰の痺れや痛み、 そして義理の息子やその妻との間のよくある嫁姑問題で満ちあふれていた。 それが今では自分の死後、 ないしは葬儀の事に不安を集中させた人生となっている。

 その想念が迸り出て、 甥っ子の僕に「こんなのを一種の祟りと呼ぶんじゃないか?」 と思わせるほどの影響を与え、 「どうしてあげるのが一番良い解決方法なのか?」 スッキリした答えの出ない問題が頭の中で堂々巡りをして、 夜中に僕が寝付けない原因にもなっているのだ。

 俺なんか、 自分が死んだら蛆虫が湧く前に誰か見つけてくれる人が居て、 焼却作業まで進めてもらえれば、 それで善しとするんだけどな。 墓地に埋葬? そんなの余り気にしてないし、 焼却場で他人の遺骨と一緒にゴミの様に処分されたって、 別に構わないと想っている。
  「 死んじまったらキリストさんだってなんだってイイじゃないか、 そう思いなよ叔母さん 」 と心ので呟いたりするから、 祟られるのかな?
コメント