誰しも打開するべき事件がおきると どうするとよいか真剣に考えます。
でも答えがないと 不安と焦燥が襲ってパニックに陥ります。
そんなとき 考えてゆく順序が人によって個性がそれぞれあり
対応も変わってくるものだと思っています。
自分や友人が 思いついてくれる打開策が 自分をどう導いてくれるのか
順序だてて考えることができるようになると たとえ何が起きてきていても
落ち着いてくるような気がしています。
その友人の打開策を自分のものにできる人は 意外に少ないかもしれません。
でも自分が思いつかないアドバイスを 何度も友人からいただいて今を生きている気がしています。
娘時代には 長い春の恋路を成就して 結婚するまで 現実には思い込みの視野の狭い恋路でも 応援してくれた友人があって 今があります。
難解な主人の母親との格闘が始まりますが この年齢まで結婚生活を続けられたのも
幾多の若き日の友人たちのおかげだと思っているのです。
子育て期に 長い人生があるとして何をするのがよいのか
家をいつ持つべきか 親世代とどうつきあうのがよいのか
教わった気がしています。
ケースワーカーを長年している友人でも 自分の親たちとは距離を保っているようです。
狭い家庭という世界で 親たち世代がしてきたとおりに何事も維持してほしいと願われてもかなわぬことですから 自分のペースを保てる距離を持つ必要はあると思うのです。
子供の思春期に隣人とうまくゆかなくなったとき 助けてくれた友人は
いつもフランス人のように論理思考で 尊敬しています。
娘と私とは人格も志向も違うのに 親だから同じように管理されているはずと
思われがちです。そこを 勇気をもって表現してくれたおかげで 今があります。
どうしてもいい人ブル私に対して 娘もおなじと勘違いし 誤解を生んでいたのです。
そんな飛躍をかなえてくれた人ですから
活躍の場をさらにひろげてほしいと 願っています。
助けてくれたひとは 他にもたくさんいるのです。
存在してくれているだけで うれしい気持ちになる人も たくさんいます。
で これから 素の自分が 何者なのか どんな思考経路が癖なのか
みきわめて 姑との格闘にいどまなくては ならないきがしています。
どうやら私は 起きてもいない最悪を最初に想定しがちです。
そして 起きてきたことを どんどん人に話して忘れていく はきだして忘れて
おもいついたことを 淡々とこなす感じでしょうか いやいやでも 決めたことは
だれだって 続けていくものですよね。で 高跳びができない。
逃げるか 突き放すかしなければならないときの一発がないんです。
誰も傷つけたくはない 穏便に豊かに暮らしたいのです。
でも それは相手あってのこと 穏便ばかりが解決ではなく どこまで
自分をどう表現し 妥協や打開にもちこめるか いよいよ自分の正念場になりそうです。
実は結婚当初から この危機をつねにかかえて生きてきました。
自分の恋路を成就させたはずが とんだおまけがついてきた感じで
時代の違う 考えの違う家族を どうまとめていくのか 苦心惨憺してきたつもりです。
幸い主人が 離れる逃げるを繰り返してくれたおかげで助かっています。
主人の父も 言葉にはしなかったのですが 多分助けてくれていたとおもうのです。
どんなお宅の嫁姑でも 多少の違いはあっても多分同じように課題があるでしょう。
自分に残されたのは あと少し でもあと少しが結構過酷です。
でも答えがないと 不安と焦燥が襲ってパニックに陥ります。
そんなとき 考えてゆく順序が人によって個性がそれぞれあり
対応も変わってくるものだと思っています。
自分や友人が 思いついてくれる打開策が 自分をどう導いてくれるのか
順序だてて考えることができるようになると たとえ何が起きてきていても
落ち着いてくるような気がしています。
その友人の打開策を自分のものにできる人は 意外に少ないかもしれません。
でも自分が思いつかないアドバイスを 何度も友人からいただいて今を生きている気がしています。
娘時代には 長い春の恋路を成就して 結婚するまで 現実には思い込みの視野の狭い恋路でも 応援してくれた友人があって 今があります。
難解な主人の母親との格闘が始まりますが この年齢まで結婚生活を続けられたのも
幾多の若き日の友人たちのおかげだと思っているのです。
子育て期に 長い人生があるとして何をするのがよいのか
家をいつ持つべきか 親世代とどうつきあうのがよいのか
教わった気がしています。
ケースワーカーを長年している友人でも 自分の親たちとは距離を保っているようです。
狭い家庭という世界で 親たち世代がしてきたとおりに何事も維持してほしいと願われてもかなわぬことですから 自分のペースを保てる距離を持つ必要はあると思うのです。
子供の思春期に隣人とうまくゆかなくなったとき 助けてくれた友人は
いつもフランス人のように論理思考で 尊敬しています。
娘と私とは人格も志向も違うのに 親だから同じように管理されているはずと
思われがちです。そこを 勇気をもって表現してくれたおかげで 今があります。
どうしてもいい人ブル私に対して 娘もおなじと勘違いし 誤解を生んでいたのです。
そんな飛躍をかなえてくれた人ですから
活躍の場をさらにひろげてほしいと 願っています。
助けてくれたひとは 他にもたくさんいるのです。
存在してくれているだけで うれしい気持ちになる人も たくさんいます。
で これから 素の自分が 何者なのか どんな思考経路が癖なのか
みきわめて 姑との格闘にいどまなくては ならないきがしています。
どうやら私は 起きてもいない最悪を最初に想定しがちです。
そして 起きてきたことを どんどん人に話して忘れていく はきだして忘れて
おもいついたことを 淡々とこなす感じでしょうか いやいやでも 決めたことは
だれだって 続けていくものですよね。で 高跳びができない。
逃げるか 突き放すかしなければならないときの一発がないんです。
誰も傷つけたくはない 穏便に豊かに暮らしたいのです。
でも それは相手あってのこと 穏便ばかりが解決ではなく どこまで
自分をどう表現し 妥協や打開にもちこめるか いよいよ自分の正念場になりそうです。
実は結婚当初から この危機をつねにかかえて生きてきました。
自分の恋路を成就させたはずが とんだおまけがついてきた感じで
時代の違う 考えの違う家族を どうまとめていくのか 苦心惨憺してきたつもりです。
幸い主人が 離れる逃げるを繰り返してくれたおかげで助かっています。
主人の父も 言葉にはしなかったのですが 多分助けてくれていたとおもうのです。
どんなお宅の嫁姑でも 多少の違いはあっても多分同じように課題があるでしょう。
自分に残されたのは あと少し でもあと少しが結構過酷です。