舅は釣りが好きで 80歳までは 毎日のように魚を釣りに出かけていたようでした。
冬はボラを埋め立ての橋から ブラをつけて投げ釣り
河口の石積を小さな竿で探る うなぎ
春は こませで呼び寄せる 鯵釣り
友人と船を出して メバル カニを板に張り付けて釣るタコ
季節でかわる釣りの エサ取りから 仕掛けつくりと熱心でした。
当時 舅が60歳の時 私は結婚したてで ともに一つ屋根の下でくらしていました。
子育て中の私は 毎日釣りあげた魚を 娘が2歳ごろから 子供イスに座らせて
共に 舅が魚を料理するところを見ていました。
あきない遊びの時間として 本物の魚の調理時間が毎日のイベントでした。
ぴちぴち跳ねる魚をまな板に載せ 刺身に仕上げ その日の料理になります。
刺身を前日のものか 今日のものか区別ができなければ 娘の口にいれれば前日のものは吐き出すのですぐわかるほど毎日でした。
さらに 出たアラは 庭に出て猫の餌やりに使うのです。
子供と一緒に猫を呼び寄せて 猫がおいしそうに食べ喜ぶ姿を眺めるのです。
なんの説明もなく続く 毎日魚の料理だけれど 毎日違うイベントでした。
3歳になるころには 生きたウナギをまな板に載せる係は 娘でした。
ちいさなやさしいタッチは ウナギも警戒せず おとなしくまな板に乗るというわけです。
その日々は 私の子供にとって おおきい財産になりました。
命に対して何の疑問もなく教わることも叱られることもなく 真摯に 静かに向き合うようになっていたのではと思い起こしています。
ありがたかったと 今魚の料理をしていると 思い出すことがあります。
医師の入学試験の現役男子優先の記事を見て
活き魚の調理を試験にすれば 医師に向くか向かぬかすぐ判定できるのではと
妄想したりもしています。
言葉で説明するよりも 人は生き物を口にしている 命をいただいているということを
体で知っているということは 大事なことではないでしょうか。
勇気と覚悟が 命を扱う人には必要な気がしてなりません。
子供の時から 命あるものの営みと親しみ 毎日格闘して食している食材があることを
活き魚の料理教室は教えてくれていたようです。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます