オズマの部屋 -バス釣り・政治経済・クルマ等-

「バス釣り日記」が主題。色々な話題を中年オヤジが持論で展開。「真実は孤独なり」を痛感する日々。

【ショッキングだった事件】琵琶湖・仙人の事件は自分には影響が大きかった。

2025年03月11日 00時00分00秒 | オズマのその他釣りレポート

 自分が社会人になった年に,琵琶湖の仙人と言われたバスプロがJBTA(JB)バスオブザイヤーを決めた,はずだった

 少なくとも,彼の「裏切り」を知るのに数年は要した。なにしろ情報網などない時代だ。

 1991年度バスオブザイヤーを取得したが,翌1992年から活躍しなくなっていた。

 「体調を崩した」話を雑誌で見ていたから,ああそうかと思っていた。

 なにしろ怒涛の1990年代初頭である。

 関西でいえば今江克隆,関東なら村田基に影響を受けなかったバサーの方が少ないはずである

 その偉大な2名の他に,もちろん沢村プロなども居たのだが,「アク」の強さを当時は感じなかった。いまはアクが強いというか,K.T.F.の運営に躍起になっていることがわかるのだが。

 仙人は,「男引き」と言われるディープクランキングで名を馳せた。

 当時,オカッパリなのに仙人のマネをすると「DD-22」「DB3ロングキャスト」といったディープクンキングは「なんとか釣れるもののしんどい」だった。すでに,「8番マグナムウィローリーフ」スピナーベイトを戦力にしていたにも関わらず,オカッパリにはやはり使い切れなかった。

 当時の水郷は水深2m内外で勝負が決まっていたから,まあ当然である。

 でも,簡単にマネできないからこそ惹かれたのも事実だし,友人の多くも惹かれていた。

 そしてしばらくして「事件」が噂された。JBの公式記録も書き直されていた。

 2000年代に入ってもいくらかの不正はあったが,自分が多大な影響を受けたわけでもないので,大したことはない。

 バスフィッシングトーナメントがイマイチ盛り上がらないのは,そもそも普通のアングラーがやっていることと乖離しすぎたことが考えられる。まちがっても「ライブスコープ」なんて使えない。「ヤマタテ」は意識しなくても通って,テキサスリグでも入れればわかってくる。もはや「インジビブルストラクチャー」さえほとんどの場所でわかっている。

 まあ,そもそもバスという魚は釣りの対象魚として特殊過ぎて(ルアーの限りない種類など),河川ではスモールマウスバスがこんなに繁殖することなど,とても30年以上前には考えられなかったことだ。

 それでも,自分のバスライフは続いていくのだと思う...


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