九州の西に、仙人(せんにん)がすむ島があったんだと。
仙人といえば、それはそれはながい間、おく山やはなれ島で、
きびしいしゅぎょうをしてな、どんなこんなんにも、がまんできるんだそうな。
この島にすみついた仙人もな、どこかのはなれ島でしゅぎょうをつんできて、
いまでは村人をしあわせにすることを仕事としていたんだと。
ところが、あたたかなこの土地では、人びとが、なにふじゆうなく、
くらしているもんで、仙人はしごともなく、
しゅぎょうもせずに、ひまをもてあましていたんだな。
ある日、どうくつの中で、いつものようにひるねをしていると。
これもまた、どうくつの住人(じゅうにん)であるネズミが、
えさをはこんで、うろちょろしていたんだと。
きげんがわるかったのだろうかの、ひるねをじゃまされた仙人は、
「うるさーい」とどなったんだと。
「そんなこといわないでください。ここはあなただけのすまいではなく、
私たちねずみや、てんじょうにいるコーモリさんのすみかでもあるんですから」
「ほんとうに、仙人なのかな。このじいさまは?」
一ぴきのネズミが、小さな声で、いったのが聞こえたようだったと。
「なんだと、わしがにせもの仙人だというのか」
しわだらけの顔をまっかにして、ネズミたちの上に、
もっていた”つえ”をふり下ろそうとした。
「待ってください」
一ぴきの若いネズミがとめたんだ。
「あなたが、仙人であることは、うたがいのないことです。
で、ひとつお願いがあります。
私たちは、この山おくにすむ大山猫(おおやまねこ)におどされて、こまっています。
まい日のように、なかまがつかまっています。なんとかしていただけませんか」
と、思い切ってたのんでみたんだと。
「うーん、いたずらする大山猫だといっても、
しあわせをあたえるのが仕事の私に、猫をころすことはできない」
と、仙人はいったと。
若いネズミは、かまわずにいった。
「仙人さまには、かんたんなことだと思います。
里に下りてこないように、大山猫をおどかすだけでもけっこうです。お願いします」
「そうか、おどろかすのだな。
わたしのつえで、大山猫のしっぽを切り落とすなどして、こらしめてあげよう」
「さすが仙人(せんにん)さまだ」
と、ネズミたちはおだてたんだと。
「かんたんなことさ」
仙人はやくそくした。
でも、ふだんのひるねのようすを見ていたネズミたちは、
それほどきたいしていなかった。
それからいく日かして、仙人は海べの岩山で大山猫を見つけた。
すばやく、つえをふりかざし、ねらいをさだめてふり下ろしたんだ。
ところが、大山猫のしっぽどころか、毛の一本にもさわることなく、
にげられてしまったんだと。
それどころか、ばか力で大山猫を切ろうとして、岩山を切ってしまった。
そして、大切なつえさえもおってしまい、
あげくのはてに海へ落ちて、ぬれネズミ?になってしまったんだと。
ふだんのしゅぎょうがたりなくて、ただの人になっていたんだな。
つえももたない、水でよごれた、
ただのひげじいさんになってしまった仙人は、とてもネズミ会わす顔はない。
ネズミとのやくそく以上に、力のなさにすっかりじしんをなくした仙人は、
どうくつをすて、島をすて、どこかにしゅぎょうのやり直しに出かけたんだそうな。
その後、ネズミたちは大山猫(おおやまねこ)に食べられてしまったのだろうかね。
この島にはネズミが少ないのだと。
仙人が、ばか力をふり下ろしたみさきは、銅切崎(ずんぎりざき)とよばれてな。
切り落とされた岩も、おきにのこっていて、それはヘボ(仙人)島とよばれているそうな。
そう、そののち仙人はな、しばらくの間、
このヘボ(仙人)島にすんでいての、しゅぎょうのかたわらで、
そうなんしかけた船や漁師(りょうし)を助けていたんだと。
しゅぎょうした仙人の力が今ものこっているのだろうかね。
あらしのときに、この島かげに入るとふしぎと風はやみ、
助かることが多いといいつたえられているんだそうな。