「 九州 ・ 沖縄 ぐるっと探訪 」

九州・沖縄・山口を中心としたグスク(城)、灯台、石橋、文化財および近代土木遺産をめぐる。

2月10日 「 現場の空と帰りの夕陽 」

2015-02-11 04:57:41 | 朝の風景とその他の風景












昨日は朝イチから生コン打ちだった。
なんか急がされたり待たされたりで・・・
それで心身ともに疲れた。

週末の疲れが抜けないままの出勤である。
その原因は早朝からの出勤である。
せめてもの救いは、往復で見せる空やいろんな情景である。

思い入れのある景色だから、
いっそう見入ってしまうのかもしれない。




2月10日 「 バリバリに冷えた朝 」

2015-02-11 04:56:41 | 日記 ・ イベント







昨日は、よく冷えた。
現場に着くと
擁壁のガードパイプ用にボイドで抜かれた穴に氷が張っていた。
そっと手で取り出すと、
2センチくらいの厚さでカチンコチンに凍っていた。
それは、まるでレンズのようだった。

キレイな水ならばこれでウイスキーを飲むと旨いだろうが・・・
なにせ現場の埃を吸った水である。
腹を壊すのが目に見えているな。



大分県宇佐市 「 宇佐の日の出情景 」

2015-02-10 20:32:41 | 朝の風景とその他の風景











後光が射したような日の出





今朝、宇佐インター付近から見た日の出が
後光が射したように見えた。
何かいいことがありそうな予感がしたが・・・
特別、これといっていいことはなかったけど、
まぁ、悪いことがなければ、善しとせねばなるまい。






沖縄県宜野座村 「 国道329号 ・ 宜野座村あたり 」

2015-02-10 04:38:41 | 沖縄



宜野座村役場前








宜野座のバス停







国道329号線 ( 宜野座 ー 金武 )




沖縄の西海岸は忙しいが、
西に比べて東海岸はのんびり感がある。

そんな東側に位置する名護の久志から宜野座、宜野座から金武。
そして金武から旧石川市までの国道329号線沿いの雰囲気が好きで、
いずれここで暮らしてみたいと思わせる地域である。



2月9日 「 宇佐の朝と吹雪く前 」

2015-02-10 04:37:41 | 朝の風景とその他の風景



宇佐インター近くの山から日が昇る








龍が昇って行きそうな空





昨日も冷えた。
そのうえ吹雪いて寒い一日だった。
それでも溜桝や道路の法面下のコンクリート打設で
汗が出るくらいひっきりなしに追われたお陰で
カラダは意外にも温かかった。

そして今日も宇佐まで行かねばならない。




福岡県吉富町 「 和楽堂 」

2015-02-09 05:09:41 | パン ・ ケーキ ・ お菓子


























































































この 「 和楽堂 」 は、B&Mさんのブログ記事で知ったもので、
それまでこの店自体があることを知らなかった。
イツカ訪れる機会があればと思っていたものである。

そして、中津からの帰りに立ち寄った 「 和楽堂 」 。
思っていたよりも新しく、なかなか洒落た店であった。
そして店内も整っていて、感じの良い店であった。

もちろん、買って帰った商品も美味しく戴いたし、
店の作りばかりではなく、主となる味も納得の行くものであった。

特に、揚げたてを頂いた 「 米粉かりんとう 」 は絶賛であった。


そうそう、 「 米粉かりんとう 」 を揚げる間にお茶を接待していただいたが、
ちょうどブラインドの隙間からの木漏れ日が器に差して、幻想的なお茶となった。
「 また、中津を訪れた時は帰りに立ち寄りたい 」 と、思わせる店であった。



沖縄県新城島 「 パナリの海 ・ その3 」

2015-02-09 05:08:41 | 離島めぐり














パナリ島の玄関口になる港。
その横にはクイヌパナがあり
港の近くだというのに
トップレスで泳ぐ3人組の女性

誰もいない環境と開放感がそうさせるのか?
まさか?と思わせる光景であった
だが堂々と隠すこともせずに
パナリの海を楽しんでいた



大分県耶馬渓町 「 長岩城跡 ・ 石積櫓に続くはしご 」

2015-02-09 05:07:41 | 歴史 ・ 墓 ・ 城 ( 本土 )













アルミの梯子の長さは10mほどあり、
この梯子は陣屋跡から石積櫓へ行く途中にあり、
壁のような岩山を超えるために掛けられた梯子である。


長岩城は、川原口にある山岳城で、
下毛郡の支配者であった豪族野中氏22代390年間の居城であった。
初代城主野中重房が、建久9年(1198年)創築し、
南北朝、戦国時代に増改築された。
天正16年(1588年)黒田長政の大軍に攻め落とされ、以後廃城となった。

城は、急峻な円錐形をした扇山(標高530m、比高230m)と、
その一帯の支峯や谷窪などに築かれている。
この一帯は、険阻な断崖絶壁地帯で、このような天然の要害を巧みに取り入れ、
断崖の合間などの敵の侵入し易い所には人工的に石塁や、
砲座、塹壕などの防備施設を補完した独創的にして要害堅固な山岳城である。


本城(本丸)は、主峰扇山の頂上にあり、
この山は、7合目所を高さ4~10m位の斬石が東、北、西の3面を取り巻き、
南面は深い谷窪となり、後方は、尾根続きで岩山の連山に連なっている。
西方の支峯に西出城(西之台)、東方の中腹に東出城(東之台)、
これと谷を隔てて相対する岩山にも出城を設けてある。
谷川に沿って一之城戸、二之城戸、三之城戸の3段構えで防備を固めていた。
陣屋跡や馬場の跡も残っている。

長岩城の特色は、地方豪族の中世山城としては規模も大きく、
石塁や砲座などの優れた石積みの構造物が多いことである。
石積みの類は、20余か所で延べ700余メートルに及びる。
特に石積櫓「楕円型砲座」は、石造の櫓としても、構造的にも大変めずらしいもので、
全国に類例を見ない貴重な遺構である。

また、石積みの石が扁平な鉄平石状のものに統一してあるのも特徴である。
なお、城址は、昭和59年に地元保存会などにより一部修復工事が行われた。


【 大分県指定史跡 ( 平成23年3月29日指定 ) 】


  「 ボクの好きな場所 ・・・ 」

2015-02-08 01:01:41 | 日記 ・ イベント



































いま3月に予定している
中津市小幡記念図書館の個展に向け
仕事の合間をみて準備中である

そんな準備に必要な物を
揃えに行く

そこは
キャンバスが匂い
とき油が匂い
それぞれが個性的な匂いを放つ

そんな画材屋が好きだ



「 だんだん 」 F-2の真下で・・・

2015-02-08 01:00:41 | 戦闘機 ・ 自衛隊関係





















キュイーンという
独特のエンジン音を発して
着陸態勢に入る

その機体が
だんだん近く
だんだん低く
だんだん大きくなって

そこから
だんだん離れて
だんだん小さくなって行く

頭上の戦闘機




大分県宇佐市 「 宇佐から見た今朝の情景 」

2015-02-07 19:56:41 | 朝の風景とその他の風景















今朝7時半すぎ
宇佐の空に

西から東へ
キラキラと輝く
銀白色の機体が
白い糸を引く
ひこうき雲

「 今日もいいことがありますように 」 と
祈り ・ 願い ・ 想う ・・・




沖縄県新城島 「 パナリの海 ・ その2 」

2015-02-07 05:02:41 | 離島めぐり





















青い空に
透きとおる海
流れる雲に
寄せる波

いまボクは
この景色の中にいることが
しあわせだ



沖縄県糸満市 「 喜屋武 ( きゃん ) 漁港 」

2015-02-07 04:23:41 | 船 ・ フェリー ・ 港














喜屋武漁港は、
糸満市の名城にある
喜屋武フルグスクの下に位置する
小さな漁港である。
ここから青い海の向こうに
慶良間島や座間味島や阿嘉島などの
慶良間諸島の島影が見える。




2月6日 「 雪化粧の山と夕陽 」

2015-02-06 19:38:41 | 朝の風景とその他の風景















今朝も長靴の爪先がジンジンするほど冷えた。
けれど、日中は雨も風も邪魔をすることなく作業は進んだ。
そして疲れて現場からの帰りに山国川を渡ったところで夕陽がキレイに見えた。
それで少しホッとした。

明日も作業内容とタイムスケジュールが決まっているので、
休む訳にはいかないな。




沖縄県多良間島 / 「 フェリーたらまゆう 」 と知念さん

2015-02-06 04:37:41 | 離島めぐり



多良間島の前泊港に入港する 「 フェリーたらまゆう 」
























































まさか多良間島で観るとは思わなかった 「 競馬中継 」







フェリー内に飾られている女子マラソンの 「 渋井陽子と土佐礼子のサイン 」







多良間島出身で色々とお世話になった 「 知念さん 」







多良間島にある 「 平敷屋朝敏の里之子墓 」











宮古島の平良港を出て多良間島に向かった。
多良間島はかねてから一度は行ってみたい島のひとつだった。
だから、その先にある島がどんなものか楽しみでいっぱいだった。
そんな多良間島の前泊港に入港すると、多良間島の前泊港には灯台がない。
というのは 「 船舶の入港は昼間しかしないから必要な無い 」 ということだった。

そんな前泊港に着くと、島を探訪するのに歩いて回るのは大変だから、
レンタサイクルか何かを探そうと思って訊いたら、
「 港の近くには何も無いよ。
自転車だったら俺の自転車を貸してあげるよ 」 と言ってくれたのが、
クイントイーストウッド似の知念さんだった。

多良間島の探訪を終えて、自転車を借りたお礼に農協でビニール袋いっぱいの
缶ジュースを買って知念さんに手渡すと、
「 お礼なんかしなくてもいいのに 」 と言いながら島の話をした。
その時、道路沿いにある新しい立派な知念家の墓のことを言うと、
「 うちの墓を見てくれたの? 」 と言ってすごく喜んでくれたのを憶えている。
その時、 「 この人の名前は知念って言うんだ 」 って知った。

その墓の話から、 平敷屋朝敏の里之子墓 の話に移ると、
「 あそこに行ったの?あそこには、昼間でも地元に人は行かないよ。
入り口に大きな墓が二基あっただろ。
あれは、年寄りだろうが子どもだろうが男であろうが女であろうが、
誰それ構わず入れた墓なんだよ 。 だから、誰が誰かわからない墓なんだよ 」 って言われた。

最初、その大きな墓が 「 平敷屋朝敏の里之子墓 」 だと思って写真を撮っていたが、
新たに 「 平敷屋朝敏の里之子墓 」 を探してから、その大きな墓を
カード内のデーターから削除した。
そんな思い出がある多良間島であり、知念さんである。

知念さんは、「 また、逢いたい 」 と思わせる人である。