Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

夕方に雹が降った翌日

2024-08-15 | 生活
前夜まで夕立が続いた。二時間以上は雷も激しかったが雨もある程度振った。何よりも始めに雹が降って来てとても心配だった。葡萄に影響は出るだろう。

そして数度から十度程まで一気に気温は落ちた。寝室の窓を閉めれるほどだったが、翌日のことを考えて、特に天井裏の空気が淀んでいたので空気を対流させた。予想通り、早朝は涼しかったのだが、陽射しは暑く、午後の気温が想像された。

若干出かけるのは遅れたが昨晩からの涼しさで、森の中に向かい久しぶりの課題を二つ試した。とても難しく歯が立たないのだが、今迄とは異なる見識も得たので良かったと思う。簡単に膝の開きと腰までを岩に着けるということで、膝を摺り向かないかが怖いからで、膝にサポーターのようなものを探そうかと思っている。腹の下が奥へと入っているのがボールダリングの特徴なので、それに慣れていない我々はそこが中々克服できないのだと分かった。大きな壁での登攀で岩にそこまで媚びる着くことはそんなに慣れていない。

十年近く出来ない事でもまだ諦められないのだ。でもこうして再認識できたのは良かった。先週よりも肩に乗るような動作は少し楽になったと思う。慣れてきたのかもしれない。その反対にまた違う靴を履いて、靴に足が当るのも気が付いた。恐らく膝を開くことと、足の使い方が関わっているからだろう。要するに実質上にオーヴァーハングでも腰の位置や荷重の仕方で肩への荷重を分散できるということだ。どんなに肩が強く筋肉があっても出来ないことは出来ない。

さて、気になっていた「我が祖国」のチェコの指揮者による演奏を少し聴いてみた。最も有名なのは有名なヴァイオリニストの息子で指揮者だったラファエル・クーベリック指揮のシカゴでとボストンでの録音である。可也大まかな指揮をしていて、シカゴで吃驚したのでボストンでの「モルダウ」と「スラルカ」も聴いたが同じようにとても大雑把で、まるでリヒャルトヴァ―クナーの楽劇の様に鳴らす。

細かなところまで指揮の制御が効かないとしても、どうもヴァイオリンに管楽器などもついて来させるような指揮で決して一流のそれではない。バイエルンの放送局交響楽団でのLPももっていてシェーンベルクの協奏曲の指揮等も見事であるのだが、なぜか上の二つもよくなく、恐らくチェコフィルを振ってもとても大雑把なのだと思う。やはり放送交響楽団の個性やLP録音のプロデューサーなどの力であったのだろうと納得する。

ドヴォルジャークなどでも素晴らしい録音もあるのだが、ここではやはり駄目で、音楽が難し過ぎたのだと思われる。何故チェコフィルが今迄真面に演奏していなかったのかの原因がそこにある。お国ものではチェコのユダヤ系の名指揮者ノイマンの録音もある筈なので、それも確かめておきたい。

しかし、上の演奏や今迄の印象からすると、作曲家がそこで何をしようとしているかを映し出す演奏などはチェコフィルでも聴いたためしがない。後年のスークの曲のような特別な演奏の難しさはないのだが、交響詩をいい加減に劇場音楽のように鼻歌で上手に演奏できる筈がないのである。少なくともそのことはよく知れた。誇大妄想なチェコ音楽演奏実践である。



参照:
今夏一番の暑さに 2024-08-14 | 生活
我が祖国の高み 2024-08-10 | 文化一般
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