山本飛鳥の“頑張れコリドラス!”

とりあえず、いろんなことにチャレンジしたいと思います。
と思っていたけど、もうそんな年齢じゃなくなってきた。

タイミング

2006-06-20 02:31:27 | 未分類過去
タイミングの良いときを待っていると、なかなかやってこなくて、結局逃してしまうということがよくあります。

2ヶ月くらい前、ビジネスキャリアの試験に合格したので、職場の上司に一応伝えておこうかなと思いました。
一番見せたいなと思ったのは、やはり最初に合格がわかったときで、その気分の乗りで、「試しに受けてみたら受かりましたよ」くらいな感じで軽く報告してみようかと思ったんですが、合格通知じゃなくて、正式な合格証書を見せたほうがいいかなと思い、それが来るのを待ちました。

いざそれが届くと、なんか物々しく大きいので、かえって気軽に見せに行くような雰囲気じゃないように感じました。それに、日ごろ親しく自分の近況などを話している間柄でもないので、ちょっとためらわれ、数日をすごしました。

しかし、せっかく受かったんだからと、4月の末か5月の初め頃、意を決して合格証書をカバンに入れて会社に出かけました。

会社に着いて、まだ部屋の中に入らない廊下を歩いていると、たまたま上司が給湯室で自分の湯飲み茶碗を持ち出しているところでした。
周りには人気もないし、ちょうどカバンに書類が入っているし、今見せればいいかも、と思ったのですが、休憩時間でもないし、昼休みのほうがいいだろうと思ってやりすごしました。

さて、昼休み前になると、上司は出張に出かけていってしまいました。

翌日こそと、また証書を持って通勤すると、今度は来客と一緒にお昼を食べにいったまま、もどってきませんでした。

それで、なんかきっかけを失い、毎日大きな封筒を持ち歩くのもいやになり、ついには合格証書が届いてからもうずいぶんとたってしまったので、もう今さら報告するのも変だなあと思い、やめてしまいました。

こういうのは、きっともともと心に迷いがあるから断行できないんでしょうね。
断固として決行する気があるならば、毎日タイミングが会うときを待ち続けたり、あるいは、仕事中でもかまわず報告に行ったりするはずで、そういうことをしてはいけないというわけでもないわけです。しかし、自分にはできません。

これが、不思議なことに、夫の場合は、逆境に合えば合うほど意志をたぎらせるようです。
例えば、電話をして留守だったら5分おきにも何回もかけまくる人です。しかし、私は時間をあけて2回つながらなかったら、かけるのを永久にやめちゃったりします。夫には押しが足りないとか諦めが早すぎるといつも言われています。

このごろ、私の仕事は暇で暇でたまりません。
それで、多少なりとも会社の部署の業務に関係する試験に合格したので、もし他に手伝える仕事があればやらせてくれと言ってみようかどうかと迷っています。
しかし、私が試験合格を通して素人なりに多少知識を得たと思っても、それが会社にとって役立つことにつながるのかどうかも判らず、その前に、その知識を得たことも未だ報告していないのですから、会社側も当然知らない状況で、それを切り札として仕事を増やすお願いをするタイミングも逃している状況です。

今、思えば、給湯室で出くわしたのは、まったく恐ろしいほどに良いタイミングだったんですけどね。みごとに自分でのがしちゃったわけでした。

その後、上司が連続して昼休みに出かけたりしなければ、きっと報告してたんでしょう。でも、もし報告していたら、それに対する反応がどう出たかはビクビクですね。
タイミングが合わなくてほっとしている面もあったことは確かです。

暇なまま適当に過ごすという道もありますが、進歩は無いです。

タイミングなんかいちいち考えてちゃだめなのかな~~~
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摸倣からの出発

2006-06-19 22:49:58 | 未分類過去
現代社会において、芸術というのは、さも個人特有の才能の表現のように考えられがちだが、実はそうではなく、過去においては職人=芸術家ということも多かった。
つまり、その時代の中に生まれる多くの職人に共有されている創作技術とか様式というものが芸術といえるのであり、その中でより高度なものを求めているうちに、新しい表現法やその人固有の作品が発生するのであって、最初から別個のものを生み出そうとしているわけではない場合も多い。
その場合、大部分は模倣から始まるのであり、摸倣もできないものに新しい芸術が生み出せる可能性は少ない。

そのようなことは、芸術に限ったことでもない。

自分がどのような人間になりたいかは、どこかにお手本の人間がいて、その人間を尊敬し、目指して行くから、その人間に近づくことができる。
そして、そのときに、自然に自分の個性や才能がにじみ出てきて、お手本となる人間とはまた違った魅力や能力を発揮するという結果になる。

あくまでも、摸倣から始まったものが、結果として別の固有の価値となって形作られていくのだといえる。

固いことを書いてきましたが、
そこで、やっと今思っていることです。

私には尊敬する人がいなので、尊敬する人を見つけなければいけないと思っています。

それから、私は文を書くのが好きなのですが、尊敬する作家や評論家、エッセイスト、随筆家などはいません。愛読書などもありません。

つまり、人生の先を歩いている尊敬すべき人がまだ見つからない。
それは、政治家でもいいし、何かの活動家でもかまわない。
あるいは、会社の中の仕事で尊敬できる人でもかまわないです。
もしかしたら、主婦業を極めている人でもかまわないです。

私はこれから、その人の行き方を摸倣したいと思えるような尊敬すべき人間を探したいと思います。
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スイカ

2006-06-19 01:12:38 | 未分類過去
「西瓜」じゃなくて、JRのスイカのことです。
きのうJRの駅のホームで自動販売機をふと見ると、スイカで飲み物が買えると書いてありました。へえ~、便利だなあと思いました。
最近は「おさいふ携帯」でも支払いができるし、そのうち、現金なんか要らなくなって、この世からお金という物体が無くなるんじゃないでしょうか?

スイカは最初の頃、定期だろうと思っていて、いつもイオカードを使っていたのですが、すぐに残高がなくなって不便な思いをしていました。あるとき、スイカでは同じカードで加算していけることを知人から聞き、それ以来スイカを作って利用するようになりました。

しかし、通勤でJRを使っているわけではないので、スイカカードをカバンのどれかに入れたまま行方不明にしたりして、せっかく持っているのに使わないこともありました。

この間、JRに乗って健康診断会場に行く日、会社の出勤前にふと思い出してJRの駅に寄り、ずっと使っていなかったスイカの残金を加算して置きました。
そして、その日、会社の人と連れ立っていっしょに電車に乗る時に、会社の人たちはまったく立ち止まる様子もなく当然のように定期券を使ってさっさと改札に入って行ったので、私も遅れないように後に続きながら「ああ、スイカを加算しておいてよかったなあ」と間一髪みたいにホッとしました。通勤経路と違う人もいたはずですが、精算する人などもいないし、帰りもそのまま改札を通って帰ってきました。

もしスイカがなかったら、一人でおろおろ券売機に走らなければいけないところでした。

今日、JR構内のカレー屋さんがいいにおいを放っていたのでおいしそうだなあと思って覗くと、そこにもスイカで支払いができると書いてありました。

ところで、今日の帰り、私鉄乗り継ぎの切符を持ってJRの自動改札を入るときですが、人が多くてずらずらと込み入りながらやっと改札機まできて、切符をいれようとしたところ、差込口がないのです。なんとスイカ専用と書いてあって、のっぺらぼうのところにスイカのカードの絵がついているだけでした。
「わっ、入れられないっ!」と思って改札の入り口で急停止すると一歩下がってから隣の改札に変更したわけですが、後ろの人間が私に追突状態になり、なんで急に止まるんだよ!迷惑なやつだな!みたいな感じになってしまいました。そして、経路変更して行った先の隣の改札の方でも、何で急に横から来るんだよ!みたいな迷惑人間になってしまいました。
これって、ちょっと不便じゃないでしょうか!!!
スイカ専用はやめていただきたいですね。

私はスイカを持っているのですが、あとで私鉄に接続する場合は、最初にスイカで入っちゃうと大変なことになってしまうのです。
以前、スイカで入ったときに判ったのですが、私鉄の改札にはそのまま入る事ができないし、自動精算機も使えません。だから駅員さんのいる窓口に並んで、そこで駅員さんに事務所の中の機械でスイカを精算してもらってから、改めて私鉄の切符を買って連絡改札を通らなければならないのです。
だから、JRの駅でも、私鉄に乗り継ぐ場合はスイカは使わずにJR+私鉄の乗り継ぎ切符を買って入るようにしているのです。

これも、非常に不便じゃないでしょうか!!!

早く、便利に使えるように改善してもらいたいものです。
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今週も雨

2006-06-18 22:11:03 | 放送大学
たしか、先週も雨でした。
今日は放送大学に行ってきました。
この写真は放送大学近くのものですけど、なんか思ったより明るく写っているようです。
晴れているような明るさですが、本当はもっと暗かったと思います。
地面が濡れて光っているので、雨だとわかりますね。
遠くに傘をさして歩いているのは、中学生か高校生くらいの男の子3人づれです。

        

面接授業は今日で1科目終わりました。
とても充実したいい授業だったと思います。
ただ、自分がちゃんと把握していないので、最後のテストはあまりまともな内容が書けなかったのが残念です。

面接授業は成績の優劣はつけないので、一応書けば単位はもらえるだろうと甘く考えています。

とにもかくにも、すばらしい授業を提供してくださった先生に感謝です。
ちなみに、「芸術・文化・社会」の中の「映画」を専門とされている加藤先生です。


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退職金の課税

2006-06-18 21:04:31 | 未分類過去
退職金の税金の計算について、いい加減なことしか判らなかったので、ちょっと調べてみました。

今までは、「退職金には所得税がかからない」と思いこんでいたのですが、それは間違いでした。退職金の場合、優遇措置があって、課税率が低いのであって、税金がかからないわけではありませんでした。

例えば、20年を超えて勤めた人の場合、「800万+70万×(勤務年数-20年)」が支給額から控除されるそうです。
例えば、うちの夫の場合は、約30年勤めましたので、大雑把に計算すると、
「800+70×10」ということで、1500万円控除されるわけですね。
悲しいかな、うちの夫の退職金は30年勤めても、1500万円はありませんでしたから、全体から退職控除所得額を引いたらマイナスですね。だから税金は取られないのでした。
ハハハハハハ

★退職所得の金額=(退職金の額-退職所得控除額)×1/2

★税額=退職所得の金額×税率-控除額

例えば、外資系の会社に勤めたある人が、たった10年勤めて6000万円もらったとします。
(外資系でも国内でも税計算は同じとのことですが、短期間の勤務で多額をもらうという特徴で、外資系の一例とします)

すると、退職控除所得額は20年以下の場合、「40万円×年数」なので、
退職所得の金額=〔6000万円-(40万円×10年)〕×1/2=2800万円

所得税額=2800万円×税率0.37-控除額249万円=787万円

(控除額は、1800万以上の場合は249万円となっています。)

住民税は13%なので、2800万円×0.13=364万円となります。

両方たして、1151万円。
受取り額6000万円から1151万円引いても、4849万円残りますね。

退職金として支給されればそうなりますが、退職金でないと控除なしで計算されるので、ずっと多くなると言うことのようです。

上の計算法は正しいかどうか自信がありませんが、税金のHPを見て計算してみました。

最近は、外資系でも日本の習慣に合わせて退職金を出すところが増えているようです。
一方、退職金にすれば税金が優遇されるということで、税金対策のためにわざと支給時期を遅らせて退職金にしてしまうという方法をとる企業があるために、問題にもなっているようです。
現在の税法では、長年勤めたものに控除が多く、優遇されているため、短期間の人には不利であるという意見もあり、控除の方法が今後見直されるかもしれないとのことです。
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鈴香容疑者

2006-06-18 02:07:44 | 未分類過去
鈴香容疑者というのは、怠け者で非常識などうしようもない女だったようだが、それにしても高校のときの卒業文集を見ると、クラスメートたちが、二度と故郷に帰ってくるなとかひどいコメントを書き込んだり、将来予測として、自殺だの殺人だのと呪いの言葉のようなものを書き込んでいるのには驚嘆する。あまりにもひどすぎる。

何か事件があると、よく犯人の昔の文集などが取り上げられ、その当時から将来が予言されているかのような内容が言われることが多い。そういうものに人間形成があらわになっている場合が多いということなのであろう。

若い頃から人から嫌われるような要素のある人間だったとはいうものの、周りの人間に露骨にそのように扱われては、さらに屈折して行き、悪循環で変な方向に歩んで行ってしまいそうだ。
こどものころの家庭の教育も悪かったのだろうと思うが、学校もひどかったような気がする。

鈴香容疑者が故郷を出た後の数年後、派手で自信をもった女性として変身して帰ってきたという。彼女はそこで、過去の汚名挽回、誰にも相手にされなかった自分が、そうではなくなることを期待していたに違いない。

しかし、人間というのはそう簡単に過去から脱皮できるものでもなく、本当に変身したりすることもできるものではないのだ。二度と戻ってくるな、死ねなどと書かれたものの、変身したら受け入れてもらえるのではと思っていたのだろうが、そんなことはなかった。

なんか、かわいそうだな、と初めてそこで思い、涙まであふれてきた。

人間って、やはり故郷から出て戻るときには、自分が何がしか出世していたいと願うものだと思う。以前の評価が悪ければ悪いほど、すくなくとも輝いている存在として戻りたいという潜在意識があるような気がする。

私自身も、子どもの時にはけっして目立つ存在ではなかったが、故郷を出た後、それなりに努力してるんだと自分で思っており、同窓会に出席するときなどは、歩み続けてきた結果を故郷の誰かが目に留めてくれるのではないかと期待していた面があったと思う。

鈴香容疑者の件とは離れるが、私は高校を卒業した時に、自分が決していい大学に入れなかったという残念さみたいのが強くあった。4年制の大学に行きたかったというのがあった。そして学歴に限らず、何か専門職につきたいという気持ちがあった。

同窓会の時、先生たちは生徒がどこの大学に進んだというようなことを覚えているので、有名大学に進んだ人などはそれに関連して、今、何をしているのかと聞く。友人などには看護学校に行ったことを先生が覚えているから、どこで看護士をしているのかなどと先生が聞いてくる。
しかし、私には何も聞かない。こいつは何もしていないにちがいないから聞くこともないと思っている。たしかに聞かれたところで、現在の私には何もないが、例えば日本語学校に勤めていた数年前だったなら、「そういえば山本は国語だけはできる子だったけど、そうか日本語を教えているのか」などというやり取りがあることを自分は期待していたような気がする。
だが、結局のところ、高校時代にめだっていた人が同じように注目され、同じようにちやほやされ、楽しくやっているというのが事実だった。勢力も愛情も人気もその構成はまるで変わることがない。なんだ、結局何にも変わっていないんだと思う。
それがあらかじめわかっている人はバカらしいから同窓会には参加しない。
かえって東京にいるほうが現在の自分の価値を自分だけでも事実として自分の中で確認できる。東京の人には私に対する過去の固定観念がないからである。

しかし、田舎に帰ると、他人の目を通した自分は、鈴香容疑者ではないが「心霊写真」みたいなものである。気味が悪いものではない点においては、昔も今も「空気」のような存在なのかもしれない。誰からも評価されない、害はないが居ても居なくてもいい人間なのだ。
故郷というのは、挽回の余地のないそのような一種の残酷性を持った人間集団なのである。
そして、自分自身もそういう目で過去の知人を見ているという反省はある。

故郷に帰った鈴香容疑者の場合、実際に本人が気付かない欠点が改善されたわけでもなんともなく、変身したつもりであっても、相変わらず嫌われ者だったのだろう。
その鈴香容疑者のやりきれない毎日の気持ちがわかるような気がしたし、孤独の中で娘を育てていたんだろうと思った。

朝のテレビ朝日の「スーパーモーニング」を数日前に続けてみていたのだが、鈴香容疑者の今までの人生や内面について吟味されているものだった。
ある日、司会の渡辺さんは、涙をためて子どもの不幸を悲しみ、鈴鹿容疑者に向って憤っていたが、翌日この高校時代の鈴香容疑者に対する仕打ちが取り上げられると、教員や同級生に対する憤りを隠さず、鈴香容疑者に同情していた様子だった。
子ども時代から現在に至る鈴香容疑者の写真がパネルになって並べられていたが、途中で急に派手になっていた。そして、自分の娘と一緒に写る写真。そして事件後の写真。

自分の子どもを普通に愛せず、人並みの方法で育てることもできず、他人の子まで殺めてしまった鈴鹿容疑者は哀れな女だ。

そして、そんな女を幼児期から今に至るまでを通して作ってしまったのが、彼女の育った家庭・学校・地域環境に違いない事に愕然とする。

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収入格差にもこんな一面

2006-06-17 10:39:26 | 未分類過去
ある人が火の車だといって嘆いています。
おかしいです。
このひとは、大金持ちですよ。

この人の夫は外資系の会社に勤めていて昨年退職したのですが、
退職金をいっぱいもらって、給料も年収1千何百万かあったので、昨年の受け取り総額は8000万円以上になったそうです。
国内の企業の場合、退職金からは所得税を取られないのに、外資系の場合、退職金は普通の給与所得として扱われるそうで、3000万円くらい所得税を取られたんだそうです。
それで、残りが5000万ってところですが、
その中から新しく自分で会社を作ったために出資金2000万円を投じたとのことです。
まだ、軌道に乗らないので、会社のほうにお金を確保しておく必要もあるのだそうで、自宅のほうでは貯金を下ろして質素に生活をしているのだそうです。
そうしていたところ、住民税の請求が年間1000万以上来たと言って、青ざめているのです。県民税と市民税で所得の13%取られるらしいです。

まあね、それでもざっと計算して2千万円くらいあまると思うので、貧乏人から見たら火の車とは思えませんけど、贅沢になれている人にとっては、まともな人間の生活ができないくらい貧乏になってしまったとショックを受けるのでしょう。
考えて見ると、最初から2000万円くらい退職金をもらった人と大して変わらない結果ではないでしょうか。いや、普通の人ならその退職金を新会社の出資金にした時点で残金ゼロですよ。最初に8000万もあり続けると思わなきゃよかったわけです。外資系の落とし穴だね。

それにしても、いっぱいもらってももらっただけ出て行っちゃうものなんだなあと驚きました。
住民税が前年の所得にかかってくるのは確かにきついですね。計算に入れておかないとね。それに、家屋敷があると、固定資産税も取られるし、お金持ちは所有物も多いけど、出て行くものも多いから、それなりに大変なようですね。

ライブドアの株を自分の意思でいっぱい買って怒っている人もいるしね。
生活に不要な金で買ったんじゃないの?と思うけど、損はしたくないから必死なんだろうね。
余計な労力とストレスだよ。

元から何もない貧乏人のほうが気楽かもしれませんなあ。
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行動様式

2006-06-17 01:24:24 | 未分類過去
いやでも行動があってしまう人というのがあるものです。

買物をしていると必ず会う人なんかがいます。行動パターンが似ているのでしょう。
同じ店に同じ時間に行くわけですね。
長女と次女の幼稚園の時の同級生の男の子のお母さんには、しょっちゅう駅前のスーパーの駐輪場で会うのです。どうしてかいつも駐輪場です。そっちの長男と次男がうちの長女と次女と同じクラスだったのです。上の子同士は一番からだが小さくて組み立て体操の相手でした。下の子は二人そろって皆勤賞でした。

そのほかに、次女の小学校の同級生のお母さんには、しょっちゅうそのスーパーの子供服売り場で会いました。その家には年が違いますがおねえちゃんがいて、お互いにいつも女の子の服を探しているわけです。次女とその同級生は1年生のときの同じクラスだったのですが、髪型と体型がすごく似ていて、遠目にみると判りませんでした。

ところで、私はブログを書くと、同じものを題材にしたブログを読みたいと思うので、語句を入れて検索します。

今日は「和田圭」を入れてみました。検索で出てきた記事をクリックしました。
そうしたら、二度と見ないつもりのブログを間違って開いてしまいました。
その人が書いたものとは気がつかなかったのです。あわてて閉じましたが、やはりもう一度開いてその記事だけ読ませていただきました。

ブログは何万もあるというのに、出会ってしまうのはなぜなのか?
最初に出会ったのもそうやって検索したからなんでしょう。
同じものを見てそれを取り上げようと思ってしまう部分で、どこか似ているのだと思います。しかも、投稿した時刻は1時間くらいしか違いませんでした。

しかし、視点は全然違うものでした。
だから相性は悪いはずです。

しかし、同じ時に同じものを取り上げて記事を書いてしまうという共通性がすごく恐ろしいのです。
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健康診断、その後

2006-06-17 00:19:50 | 未分類過去
この間から書いている会社の健康診断に関するものですが、
先日、他の部署のパートさんたちが、上司の方に、どうして健康診断を受けないのかと聞かれたそうです。
せっかく、パートタイマーも無料の健康診断の機会が提供されているのに、実際に受けている人が半分もいないのですから、会社も頑張って設定している甲斐がないと思っているようです。希望者が少ないんならやる意味はないかと思ってしまうでしょう。
パートにも健康診断をと、過去において総務などに働きかけてくださったのかもしれない上司に申し訳ないです。

受けない理由に、バリウムを飲むと具合が悪くなるからと答えた人が大部分だったようです。
飲んだ直後から気分が悪くなった人や、バリウムの排出がうまく行かず、腹痛で病院にかかることになった人などがいるそうです。

なんかそれを聞いていたら、客観的に見るとパートタイマーのおばさんたちも結構勝手な人たちだよなと思いました。自分のしたい放題っていうのか、自由自在に、好きなようにしているわけです。

正社員が、私はバリウム飲みたくないなんてわがまま言っているのを聞いたことがありません。

それで、最初から健康診断の機会が与えられていなかったら、不服に思うはずなのに、いざ与えられていると拒否したりするわけですね。

あるときは正社員と同様の権利を主張してみたり、あるときはパートだからと責任や義務を逃れてみたりすることもあるのかもしれず、そういう都合のいい身の変わり方は反省しなければいけないと思いました。

私も区の健診のほうが都合がいいと思ったりしたのですが、やはり会社の一員として会社で受けるのがいいだろうと今は思っています。
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朝のテレビ番組

2006-06-16 21:33:03 | 未分類過去
ちょっと前まで、朝は7時頃からずっとフジテレビの「めざましテレビ」を見ていたが、みのもんたの「朝ズバッ!」が始まってからは、こっちの方が内容が濃く興味深いことをやっているので、TBSを出している。しかし、みのさんはちょっと中立性に欠ける部分があり、批判的な態度を偉そうにぶつけすぎて、不快感を感じることがある。
「8時またぎ」は話題のニュースや鮮度のいい題材を取り上げていておもしろいのだが、そんなわけで8時からはもともと見ているフジテレビの「とくダネ!」に戻すことが多い。みのさんのほうがとてもおもしろい場合は8時半まで見ることもあるが、遅くとも8時半には「とくダネ!」にする。
小倉さんはみのさんに比べると中立的で穏やかだから、いつも好感が持てる。また、「とくダネ!」は分担の仕方がすごくいいと思う。誰か1人が中心になって大部分を占めるというのではなく、いろいろな人がそれぞれのコーナーを分担して受け持ちながらのチームワークが良くできていて、人間関係がいいなあと感じる。佐々木恭子アナウンサーも落ちついていてちょうどいい感じだし、小倉さんを中心に、その下に笠井信輔アナウンサーや大村政樹など若くて有能で好感の持てる人材が続き、バランスよく育っていく雰囲気である。

ところで、私はスポーツというのがあまり好きではないので、何ヶ月か前、「朝ズバッ!」の代わりにゴルフ中継をやったときには頭にきてしまった。いったい朝ゴルフなんか見ている人間がどれだけいるんだろうかと思った。少なくともいつも「朝ズバッ!」を見ているような人がゴルフをみたい人間ではないような気がした。それで、そのころはまた7時台はフジテレビに戻ったのだった。

ところで、最近フジテレビはサッカーの話題に力を入れている。それはゴルフ中継よりはずっといいものであるが、もともとあまり興味がないので、あまり毎日長い時間やっていると他のチャンネルへ変更することになる。

私は事件に興味があるので、最近は「鈴香容疑者」とか「シンドラーのエレベーター」とか「著作権侵害の画家」などの事件をやっているところを求めてチャンネルを回すことが多かった。それで、日本テレビの「スッキリ!!」もけっこう面白いものだと思い、ときどき見るようになった。テリー伊藤は結構好きである。企画はおもしろいものが多いのだが、全体的に出演者が安っぽくコメンテーターの質も悪いのがよくない。興味本位な感想を述べるにすぎない。コメンテーターは断然「特ダネ」のほうがよい。
一方、テレビ朝日の「スーパーモーニング」は、鈴香容疑者の殺人事件などを最近毎日詳しくとり上げていて、渡辺さんが真剣だし、全体的にまじめな取り組みである。渡辺さんは地味な感じで数年前までは久米さんの下で頭打ちになっている感があったが、今は存在感を増していた。
そんなわけで、このごろの朝は7時「朝ズバ」8時以降は「特ダネ」を基礎にして、「スッキリ」や「スーパーモーニング」へと徘徊する形となっている。

そして、9時半に会社へ出発!!!
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和田圭 氏

2006-06-16 20:30:38 | 未分類過去
フジテレビの解説委員である「和田圭」氏は結構好きである。
この人は以前から見たところが一風変わった人だと思っていた。真ん中分けにした髪の毛が印象的で、どちらかというと地味でダサい感じではあるものの、どこか気を引かれる妙な雰囲気があって、不思議なオーラを放っていたのだ。

数年前、その人が、女性アナウンサーと恋愛結婚したとかいうニュースを聞き、それまでは「恋愛」なんかしそうもないようなタイプだと思っていたので、「なんだ、結構やり手なんだ」と印象が変わってきた。女がほれるくらいの男なんだと再認識した。そのうちに、真ん中分けの髪の毛もこのひと独自のファッションセンスを発揮したものなんだと思うようになり、「変な髪型の人」というのが「この人なりにイケてる」と思うようになってきた。

それで、私は毎朝「とくダネ」を見ていて、政治の解説になるとこの人が出てきて小倉さんなどとやり取りしながら、いろいろ状況を説明してくれるのを楽しく見ていたのである。
にこやかで意欲がありそうで、とても詳しくて、その辺が尊敬でき、とてもいいなあと思うわけであるが、もう1つおもしろいのが口の動きである。
「この人の口っておもしろいよね」と言いつつ、いつも口に視線が集中する。
よく伸び縮みする口である。普通の人間の唇はこんなに動かないのではないかと思いつつ注目してしまうのだ。「開く」点ではなく良く「すぼまる」点が人と違うように思う。

最近、前髪の真ん中の分け目をはっきりさせないような髪形に変わっていたように思っていた。

離婚した妻は「有賀さつき」というアナウンサーだそうだが、今まであまり印象がなかった。この人が別の局に出演していて、実は妊娠中からどこか性格がかみ合わない部分をかんじていたのだが、どんどんお腹が大きくなってきて結婚生活をやめるわけにもいかず、子どもが生まれればまた状況が変わるだろうと思っていたがやはり変わらず、子どもが3歳になって一段楽したので離婚にいたったということであった。離婚は女性から言い出したそうだ。
特に何が悪いというわけではなく、一緒に企画してやりたかった仕事ができなかったとか言ってもいたが、理由は抽象的で結局はよくわからなかった。

和田圭氏はつい最近もいつもと変わらぬ笑顔で出演しており、離婚によって自分の仕事のペースが左右されたりするような雰囲気は何も感じられない。

子煩悩なお父さんだったというような噂も聞くわけで、家族が分かれるのは惜しいことだなと思うが、まあ、どうでもいいことである。

私はとにかく、何事かにおいて誰にも負けない専門的な知識や情報を持っている人間は尊敬する。
今後も変わらずテレビに登場し、活躍する姿を見せもらいたい人のひとりだ。

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まとまらない

2006-06-15 23:35:58 | 未分類過去
今日は会社が休みで、午前中は姉と母に長電話をしてしゃべっていた。
午後から久しぶりで近所の気の合う友人とお昼を食べながら夕方までしゃべっていた。
それで、ずいぶん気晴らしになったものの、何もしなかった。
ずるずるとついつい思うにまかせてしゃべりつづけていて、7時頃家に帰ってきたので、夕飯を作る暇もなくなり、すでに夫も娘も帰宅して腹を空かせていたので、途中で弁当を買ってきてしまった。
夕飯を食べると、なんか急に眠くなり、寝てしまった。
娘はバイトに行き10時過ぎに帰ってきた。
その間私はずっと寝ていて、そのあと目を覚まして、今日中にブログを更新しなければと思い、あるテーマをもとにパソコンに向って書き始めたのだが、ぜんぜんまとまらない。

若い頃、就職試験のときに作文を書かされてぜんぜんまとまらないことがあり、書いては消し書いては消しで、支離滅裂なまま終わって、案の定その会社は不採用になったことがあるが、まるでそのときの状況と同じである。蟻地獄みたい。

こういうときは、まとまったものを書くのをやめよう。

今日は、雨がザーザー降っている。
ちゃんと徹底して降っている雨だ。
こういう降り方は一種快感である。

今日の内容はこれだけ。
とりあえず、今日は気晴らしと休養になった。
明日もまた仕事を頑張ろう。



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池袋で落ちた傘

2006-06-15 01:50:39 | 未分類過去
このあいだ、池袋の駅に久しぶりに降りたのですが、そのとき傘を持っていて、ちょうど何年か前に池袋で電車を下りる時に線路に傘を落としてしまったことを思い出しました。
そのときは、片手首に傘の柄の部分をかけた状態で電車を降りようとしていた瞬間、たぶん近くの誰かが傘の下方を蹴り上げるような接触をして、私の傘を下方から押し上げ、傘の柄が私の腕から浮き上がって外れ、電車とホームの間に落ちてしまったのでした。
そのとき、後ろからそれを目撃した人が「あ~あっ、落ちちゃったあ~」というおどけたような声をだしたのを覚えています。

その予期しないできごとに、いったいどうしたら良いかと判断できず、とっさに電車の後方に走って車掌さんに止まっている電車とホームの間の線路に傘を落としたことを伝えました。
すると、車掌さんは「後で駅員に言ってください」と言い、電車は走り去りました。

そうか。そうだよね。車掌さんに言ったって急いでいるときに迷惑な話だ。しかも、電車が走り去らなきゃ、傘はとれるはずがないではないか。
なんで、そんなバカなことをしたんだろう。と思い、反省しつつ、電車が去った直後にホームにいる駅員さんに言うと、すぐに長い棒のような器具で簡単に傘を拾ってくれました。

そのとき気がついたんですが、おどろいたことに線路の上に落ちている傘は私のものだけではなく、他にも何本もあったのです。しかし、持ち主は拾ってもらおうとは思わずあきらめたのか放置したまま去ったようでした。

そのことがあってから、傘の柄を腕にかけて持つことはせず、しっかり握って電車の乗り降りをしているのですが、先日池袋に行ったときは、あのときも梅雨時だったのかなと思いつつ、電車を降りる時に隙間から線路を見下ろしていました。

待てよ。
傘が落ちた瞬間に、レール上に倒れるということはないのだろうか?
もしレールの上に倒れたらそれを電車の車輪が轢いてしまうから危険だよな。

そうだ、何で自分があせって電車が動く前に車掌さんのところに走って行ったのか考えたら、無意識のうちにそう思っていたからだったと思う。
でも、きっと物理の法則で、距離や角度の関係から落ちた傘がレールの上に倒れることはないのでしょう。

あのときの傘は、青くて縁に花の模様がついたジャンプ傘です。
最近あまり使わないので、どうしたっけ?と思ったら、ちゃんと家にありました。
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託児施設は自宅近くに

2006-06-15 00:31:13 | 未分類過去
少子化問題が深刻化し、女性が子どもを育てながらも働き続けられる環境を作る必要性が叫ばれている。
実際、保育所を希望しながら何年も待たされている出産後の女性がかなり多いと聞く。
託児してもらえなければ当然働けないのであるから、働けなくなることが判っていて子どもを生める環境ではないことは確かだ。
そこで、託児施設が充分にあれば子どもが生めるだろうというのは間違った判断ではないのだが、なにやら政府は職場に託児施設を作る方向に動いているようである。
そのような役割を企業に求めようとしているようである。

それはちょっと違うんじゃないだろうか?

今朝テレビで、丸の内の官公庁に勤める人のための託児施設が紹介されており、国家公務員はこんなにも優遇されているというようなことをやっていた。職場の中に託児施設があればすぐに様子を見に行けるし、仕事が遅くなっても大丈夫だとのことである。
それで、そのようなものが民間企業にもできればいいと考えられているようなのだ。

しかし、それでは赤ん坊や幼児が親と一緒に通勤すると言うことではないか!
ラッシュアワーの電車の中を子どもをつれて通勤などできると思っているのであろうか?
子どもを抱いたりおぶったりして移動することがどれだけ大変かわからないのか?
子どもだって疲れてしまう。親子ともどもへとへとだ。
そして、多くの会社は、そんなものを作る余裕はないのではないだろうか?
しょせん、そんなことができるのは一流企業の話だろう。

そのような施設が不要だとはいわないが、子どもを生みたい一般庶民は決して都心の大きな一流企業に勤める会社員ばかりではないのだ。
主婦となるといろいろ家庭のこともしなければならないし、出産前後は体もきつくなってくるからそんな遠くまで通勤できない状況の人も多い。だから結婚や出産を通して同じ仕事を続けるのが理想だとしても、実際的には出産後は近所で比較的楽な違う仕事に変わる女性が多い。
例えば、独身の時に、1時間半かけて通っていた会社に託児所があるからと言って、幼児を連れて通勤などできる状況ではないだろう。1人ならまだしも2人などとなったら絶対に無理である。だから、職場に託児所ができても出生率が2以上になるはずがない。どうしたって仕事は近くのもう少し楽な仕事に変わる場合が多いはずである。そしてそれは大企業ではなく小規模な零細企業であることが多い。
独身時代から勤めている遠くの会社に出産後も通勤し続けるとしたら、なおさら子どもは自宅近くの託児所に預けて、自分だけ身軽に通勤したいのだ。

だから、丸の内の官公庁にあるビルの中の託児施設のようなものではなく、単に今ある公営の保育園がもっとたくさんできて、定員が多くなればいいことであるのだ。
また、延長保育などもできればいい。

国民の出生率を上げたいなら国は公の保育園を地域に充分に確保する義務があると思う。
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落花生の芽

2006-06-14 17:53:03 | 植物・花・木
今日、会社の帰り、家に上がる前に庭に寄ってみると、
6月1日に撒いた落花生のタネが芽をだしていました。
やはりマメなんだなと思わせるような葉っぱですね。
最初に地上に顔を出したのはいつだかわかりませんが、
撒いてから2週間もたとうとしているので、
何日か前に出てきたんだろうなと思います。
10本くらい出ていて、土だけが盛り上がっているのもあったので、
それももうすぐ出てくるでしょう。
それにしても、肥料はやってないし、土もろくに耕していないので、
今後どうなることやらです。
おいしい実をつけてくれよと頼むのは虫が良すぎる。。。
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