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一応はこれは近未来SFだけど、あまりSFだね、とは言いたくはない。あまりにリアルだから。描かれる世界は現実じゃないけど、描かれることは今ある現実だ。こんな感じで世界は動いている。こんな感じの世界で生きている。これは悪夢だ。だから、ここから違う世界に行きたい。行けるものなら。だけどそんなことは不可能だと最初からあきらめている。
彼女はオーストラリアの砂漠にある収容施設内に潜入する。監禁拉致された博士を奪還するためにここにやってきた。だけど、博士は帰らないという。ここで暮らしているのが心地よい。ここで毎日8時間仕事をして暮らす。変わりない日々に満足している。彼女もまたここで過ごすうちにここから離れられなくなる。
監獄に幽閉されているはずだった。だけどここは外の世界より快適でここでの日常は不安もなく幸福。外の世界はあんなに理不尽で過酷な状況にあるというのに。何が幸せで自由だというのか。3000人近くの人を殺した罪でここに収容されている男はとても穏やかで優しい。実は、彼は感染力の強いウィルスに侵された人たちを一斉に殺すことで世界を守った英雄である。
主人公である彼女は売れないジャーナリストで、ここでの体験をレポートして成功したいと思ってやってきた。滞在時間は明日の朝6時まで。博士を救出して脱出する、はずだった。
だけど、気がつくとここで暮らしている。ここはユートピアだ。だけど果たしてそう言い切れるのか。この世界の背後にあるはずの現実は描かれないまま小説は幕を閉じる。怖いけど優しい、そんな世界が描かれる。