65歳の母、35歳の息子。和歌山の梅農家の母がラップバトルに挑み、借金まみれの現実逃避息子と戦うことになる。テンポもよく、とても面白い作品だ。母はこのダメダメのバカ息子のせいで大変な思いをする。彼はいろんなことに挑戦するけどいつもすぐに諦めてしまい長続きしない。ようやく実家に戻り家業を継ぐのかと思われたのに、また出奔。今も嫁さん(2度目の)を残したまま家出して所在不明。よくできた彼の妻が母の右腕になってくれているけど、ずっと彼女をここに縛り付けておくわけにもいかないとも思う。そんな折、母はこの嫁に誘われてなんとラップを始める。
ラップバトルの小説化なんていう大胆に挑戦し、それをまるでスポーツのように軽快に描く。小説なのに。アップテンポで一気に読ませるエンタメ小説でもある。だけどこの母と息子の確執はとてもリアルで、読んでいて共感する。これはきっと世の中のすべての母親(父親も)と息子(娘も)必読の書だろう。
先週は怒濤の読書週間。さらに五十嵐貴久『奇跡を蒔くひと』を読む。年間4億の赤字を抱える地方都市の市民病院を潰そうとする市議会、そしてその先陣を切る新しい市長と対決して、3年間で4億を返済し病院を復活させるためにたったひとりで戦う青年医師のお話。周囲の医者がみんな逃げだし、たったひとりになった彼が院長を兼任して病院の再建を目指す。なんだかTVドラマによくありそうなお話だが、実話。コロナ禍までの4年間。スタッフ、地域と一体になりつつ、戦う姿は感動的。
さらに医療ものがもう一冊。夏川草介『レッドゾーン』。これはコロナを真正面から描く。2020年2月から3月のかけてのこれもまた地方の病院のお話。長野県で唯一コロナ患者の受け入れをした病院での約1か月の戦いを描いた。コロナ最前線で何もわからない手探り状態での日々。長野の片田舎にある公立病院である信州病院の内科スタッフ。コロナを受け入れた医療チームの命がけの戦い。いつもの夏川草介とはいささかタッチが異なるが、彼らしいリアルなドキュメント・ドラマだ。
この週は芥川賞候補になった鈴木涼美『ギフテッド』と沖田円『喫茶とまり木で待ち合わせ』も読んでいる。前者はあまり乗れなかった。よくある芥川賞が好きそうな小説。死に場所を求めて娘のところにやってきた母との最期の時間を描く。後者はこれもよくあるハートウォーミング。とある喫茶店に来る5つのエピソード、5人のお客のそれぞれが抱える事情が描かれる。気持ちよく読める。
最後にもう一冊。斎藤洋『白と黒のあいだで』は少し残念だった。「翔の四季」シリーズの第2作、今回は「秋」編なのだが、前作(夏)がとてもよかっただけに期待外れ。小説ではないけど中島京子が影響を受けた児童文学18冊を紹介する『ワンダーランドに卒業はない』も楽しめた。久々に『宝島』を読みたくなった。