goo blog サービス終了のお知らせ 

習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

乾ルカ『水底のスピカ』

2022-11-26 15:29:54 | その他

これはとある3人の女の子たちのどこにでもありそうな日々を描く小説だ。だけどそれは彼女たちにとってかけがえのない時間だ。17歳、高校2年生の夏から約13か月。高3の秋、9月末までの時間限定。舞台は札幌。短い夏休みが終わり、新学期が始まったばかりの8月21日、もう2学期は始まっているそんなとき、ひとりの転校生がやってくる。孤独な彼女がそこで出会う二人の少女との物語だ。心を閉ざすひとりぼっちの3人が距離を取りながら徐々に少しずつ近づいていく。そんな3人を見守る2人の男子生徒もいる。彼ら5人の時間。恋愛ものではなく、女同士の友情物語。そこに男の子たちも絡んでくる。

3人は心のなかに秘めたものを安易に晒さない。いや、絶対に表に出さない。他者に心を許さない。しゃべりたくないことがお互いにわかるから、彼女たちは相手に聞かない。だが、それは彼女たちの付き合いが表面的なものだからではない。傷みを知るから、土足で踏み込まないのだ。お互いを尊重しあう。

高校時代を描く映画や小説なら今まで山盛りあるけど、こんなにもクールな、でも深い想いをちゃんと切り取り描いた小説はなかなかないだろう。だからこれは単なる青春小説ではない。だからといって重いばかりの純文学というわけでもない。

3人が入れ替わり主人公となり(彼女たちだけではなく5人組の男子である少年のひとりも語り部となる、でももうひとりはなぜかならないから視点は4つ)彼女たちのそれぞれの視点から一人称で、彼女たちが過ごした時間は語られていく。2年の文化祭から3年の文化祭までの時間。再び転校することになるラスト一か月を意識して過ごす3年の9月まで。

実は『すずめの戸締り』同様、これもまた終盤で唐突に3・11のことが描かれる。3人の中にはあの津波で家族を失った少女がいる。彼女の心の傷が明らかになるエピソードから北海道を襲った地震の話が描かれるのだが、実はこの小説のクライマックスはここなのだ。彼女は再びあの日からの恐怖をここで味わうことになる。少女はあの日から海を見ることができなくなった。もうひとり、海を見てはいけないと親から教えられてきた少女もいる。それが主人公の転校生だ。彼女の秘密が明かされた時の衝撃は大きい。そこからラスト、彼女たちが最後にみんなで一緒に海を見に行くまでが素晴らしい。それは彼女が過ごしたここでの13か月の日々の集大成だ。すべての積み重ねから、かけがえのない日々を切るとって見せる。10年後、大人になった彼女たちの再会が楽しみだ。


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 『ある男』 | トップ | 宇野碧『レペゼン母』他 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。