2021年の8月の出版になるから最新作になる『新しい星』のひとつ前の作品になるけど、読んでなかったらしい。4話からなる短編集だが、ふだんの彼女の作品とはいささか毛色が異なる。これはなんだか実験的な作品集になっていて少し驚く。
冒頭の仕事を辞め、慣れない育児に奮闘する主夫を描く作品(『わたれない』)がとても面白かった。自分も昨春から仕事をやめて主夫をしているから、わかるわかる、と思うところもある。ただ、育児はしていないけど(だって子供はもう大人になってるし、孫たちとは離れて暮らしているから、日常的にお世話をする機会は残念ながら今はない)育児の大変さは十分にわかっている。子供が小さい頃のいくつもの思い出が去来する。ずっと仕事が忙しかったから、十分な育児はできてなかったと、妻は言うけど、週に何度かの6時までの保育所のお迎えとか、週末の仕事(クラブ指導)に連れて行っていたことや、いろんなことがあったな、と思う。
ここまではいつも通りの彼女らしい小説だったのだが、この後の2作品はなんだかいつもと違い、戸惑う。なんとファンタジーだったり、SFだったりするのだ。『ながれゆく』は七夕伝説を背景にして、『ゆれながら』はセックスを介さない出産を描く。どちらも象徴的なお話で、テーマが前面に出てくる。ふだんの彩瀬まる作品とは全く違う感触だ。でも、なんだか気張りすぎていて、しっくりとはこない。
ラストを飾る『ひかるほし』は、舞台がふたたび現実世界に戻ってくるからなんだかほっとする。80歳のおばあさんのお話だ。今まで夫に従い生きてきた彼女がそんな自分に嫌気がさし、自分の誇りを取り戻そうとする。なんで今さら、とは思うけど、今まではそんなことすら考えられなかった。そんなおばあさんの今を描く。
生まれるから死んでいくまでが4つのお話で順に描かれている。そのうえでこのタイトルである。彩瀬さんが意図的に命の問題と取り組んでいることは明白だ。川を渡るということを前面に押し出して、その先に見える風景を描く。ここで見せた新しい風景は僕たちをどこに導いてくれるのか。これは到達点ではなく、スタートラインの提示でしかない。でも、ここからこの先で彼女によってどんな物語が綴られていくのか、それはとても楽しみだ。