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映画・演劇のレビュー

桃園会『blue film』

2012-02-03 09:22:18 | 演劇
 阪神淡路大震災をテーマにして書かれたこの作品が10年振りに再演された。どういう事情で急遽再演の運びになったのかは、わからないけど、今、この作品を見る意義は大きい。(この記事を書いた後、事情はホームページを見て確認できた)

 東日本大震災の記憶も生々しい今だからこそ、この作品を再演する意義がある。深津さんは震災直後『カラカラ』を様々な形で上演した。『カラカラ』が描いたドキュメントから距離を置き、再度震災に取り組んだこの作品は記憶の風化をテーマにしている。だが、それをファンタジーのスタイルで作りあげた。

 初演の時にはそこに違和感を抱いた気がする。それまでの深津さんの語り口との落差に戸惑ったのだろう。だが、今回はとても素直に入ってきた。距離、というのは大事だ。自分が対象である出来事とうまく距離感を取れていなければ、それはてきめんに観客に伝わる。『ダイダラザウルス』を経て、深津さんは今まで以上に優しくなった。主人公たちに向ける視線がとても近くなっている。

 今回の主人公であるかがり(寺本多得子)を包み込むような視線が、この作品をファンタジーにした。ドラマ自体はきっと初演と同じはずだ。だが、彼女への視線一つで芝居が変わる。道具立て以上にそこが大事だったのではないか。怒りや諦めを訴えてもどうにもならない。冷徹に目の前にある現実を見つめることも大事だ。無力感は重々承知している。それなのに「がんばろう」と言ってもそんな言葉は虚しいだけだ。

 そこで生活して、生きた記憶。おぼろげになる記憶の断片たち。彼女が出会うあの頃。甘いファンタジーではない。過酷な現実はなくなることはない。薄れゆく記憶の中で、彷徨いながら、拒絶するのではなく、確かにあったものを、確認していく。それは、今、必死に目の前の現実と向き合う人たちには見えないものだろう。でも、それでいい。

 震災から遠く離れて、今だからこそ語れる物語がある。昨年の記憶が生々しい今だからこそ、この優しい芝居を通して、見える未来をもうひとつの目で見つめてもらいたい。深津さんの想いを担う若いキャストの面々が新鮮な芝居で、このドラマを彩る。今回主人公に起用された寺本はもちろんのこと、オーディションで選ばれた客演陣と、いつものメンバーとのアンサンブルも成功している。

 江口恵美さんが主役を演じた初演はどうしてもまだリアルな現実を払拭しきれていなかった。当然のことだろう。7年という歳月は余りに生々しい。舞台美術も今回はシンプルだ。タイトルの「青」というのが指し示すものがこんなにも単純なものだったとは、思いもしなかった。だから、今回は結果的に重い芝居にはならない。それは歳月の問題ではない。断じてこれは重くなっては、ならないからだ。

 「未来への光」がテーマだ。どんな状況にあろうとも、人は未来に向けて生きる。そんな単純なことを、だなんて言わないでもらいたい。さまざまな苦しみを乗り越えてきたからこそ、そんな単純そうに見えることを胸を張って、自信を持って言えるのだろう。そんな希望に満ちた芝居に感動した。

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