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映画・演劇のレビュー

一穂ミチ『砂嵐に星屑』

2022-04-24 10:02:34 | その他

平成の終わり、特別な事件もなく、過ぎ去っていく日々。この後、令和がちゃんと4月1日から始まって、でもその後まさかのコロナの時代が始まるとは、思いもしなかったはずの頃。10年間の東京暮らしから再び大阪に戻り、新生活をスタートさせることになった40代の女性アナが1話目の主人公だ。2018年春、彼女のお話からスタートして、大阪のTV局を舞台にして、4人の主人公たちによる4つの季節をタイトルに冠した4話からなる短編連作。

自分たちの(というか、僕の、ですが)生活圏であるなじみの場所をお話の背景にしているので、なんだか不思議な気分だ。梅田、福島周辺のなじみの場所が頻繁に登場するし、西宮から歩いて中之島まで、とか。お話の背景ではあるけどちゃんと位置関係や目安となる場所もさりげなく描かれるから。もちろんそれはそれだけのことで、そんなこととこのお話自身とはあまり関係はない。

一穂ミチの新刊だ。前作『パラソルでパラシュート』からのインターバルも短く、連投って感じ。さすがに少し息切れしている。これがほんとうに書きたかったことなのか、という疑問も感じた。あまり面白くない。何がしたいのかもよくわからない。冒頭の幽霊の出る13階の資料室の話はたしかに面白い。でも、このあり得ない話を描くことの意味が分からないのだ。これがちょっとした軽いファンタジーなのならそれはそれでいいけど、そういうわけでもない。

40代の元美人アナ(今はもう中年女性)が、10年前の不倫騒動から東京に飛ばされ、ようやく再び大阪に戻される。そんな彼女が、職場のどこにも居場所がないまま過ごす時間が描かれる。死んだかっての不倫相手である上司の幽霊との再会を通して、再出発するまでのお話。こう書くとやはりはやりただのファンタジーでしかない。でも、必ずしもそうではないのだ。「生きづらい、ままならない日々への応援歌」なんていう括りもなんだかなぁ、と思う。

2話目の地震で電車が止まっている中、阪神沿線(阪急ではなく、JRでもない!)の(でも、西宮の!)家から歩いて福島区の職場まで行く50代の報道部デスクの話以降は基本不思議な話はない。3話は20代のタイムキーパー、4話は30代のAD。彼らは正社員ではない。下請けやフリーランスだ。4世代のそれぞれの事情がTV局内で働く姿を通して描かれていく。不条理とまではいわないけど、明らかにエリートである正社員(最初の2人)との格差は厳然としている。このお話の後半の主人公である若い世代の2人の抱える不安は大きい。とても微妙な差異を見逃さない。でも、そこに主眼があるわけでもない。なんだか全体がぎくしゃくしている。1年間のお話として強引に紡がれるけど、バランスは悪いし、作者の狙いが見えてこない。

エリートだったTV業界は、この先微妙な位置に立たされている。先の見えない不安はどこにでもある。敢えてTV局を舞台にしてそれを描くなら、そこから生じる個別性と普遍性をもっと前面に押し出して、読者に訴えかけてこなくては伝わらない。


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