習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

『アントキノイノチ』

2011-12-06 21:59:20 | 映画
 試写会で映写トラブルがあり、1時間10分だけ、見ていた。しかも何度も中断しながら、細切れに不完全なものを見せられた。その挙句、上映中止になり、結局その日は最後まで見れないまま、帰った。そのへんの詳細は11月5日のこのブログに書いた。今日、ようやく、ちゃんと見ることが出来た。松竹は招待券を送付すると言っていたが、残念だが、僕の家には届かなかった。しかたなく、チケットを買って見に行く。最初はなんか腹立たしいし、「もういいか」とも思ったが、映画には罪はない。だから、ちゃんと見に行った。そうしてよかった。

 とても、いい映画だった。100本の映画を見るよりも、ちゃんとした映画を1本見た方がいい。そんな当たり前のことを改めて思う。凄い緊張感の持続だ。試写会場の最悪の環境で、最後まで見ていたならこの映画の評価を誤ってしまったかもしれない。メジャー映画の枠内で、こんなにも無謀なまでもの冒険を平気でする瀬々敬久監督の試みは高く評価されていい。ピンク映画であっても、こういうメジャー映画でも同じだ。ここで自分に出来ることを最大限発揮するための努力を惜しまない。困難をものともしない。それが彼のやり方だ。

 映画は、遺品整理という仕事を徹底的に見せる。まるでそのドキュメンタリーであるかのように長時間かけて、丁寧に彼らの作業を見せてくれる。「御不要」、「ご供養」と声を出しながら、残されたものを丁寧に梱包していく。そんな彼らの姿をじっくりとみせていく。

 最初、試写を見る前は、まるで内容を知らなかったので、ただの甘いラブストーリーなのではないか、と高を括っていた。だが、実際目にしてこれはそんな映画ではないと知る。だから、今回、もう一度最初からここに何があるのか、目を皿のようにして見ることが出来て、よかった。集中してすべて見落とすことなく目撃しようと、思った。

 主人公の杏平(岡田将生)は仕事もせず、心を閉ざしたまま、生きている。彼がなぜ心を病んでしまったのか。その顛末のひとつひとつがきちんと描かれてある。高校時代の出来事。吃音症をバカにされ、笑われ、同じようにいじめの標的にされた友だちを助けることも出来ず、自殺に追いこんだ。もちろんそれは彼のせいではない。だが、その友人に自殺する直前「君は仲間だと思っていたのに」と言われたことが心に突き刺さる。

 人と接するのが怖い。山岳部での事件の顛末もきちんと描かれてある。松坂桃季とのトラブルも相手を一方的に加害者として描くのではない。陰湿ないじめがなぜ起こるのか、ではなく、彼らの問題を丁寧に見せることで、それぞれの鬱屈したものにまで迫る。愚かな教師(津田寛治演じる顧問の描き方なんで惨い)の対応も含めて、いささか不自然な部分もあるが、ここに描かれる緊張感の持続に免じて許される。遺品整理の仕事に就き、そこで最初は傍観者として、作業を見つめる。なかなか仕事に入り込めない。時間をかけて徐々にこの仕事の意味を自分で受け止める。その時、彼女の存在が大きい。先輩であるゆき(榮倉奈々)も自分と同じように心に傷を負っている。


 彼女が壊れたのはなぜか。それは直接は描かれない。彼女の言葉で語られるシーンがあるが、詳細は明確にされない。ただ、レイプされ妊娠し、しかも相手の親から「おまえが誘ったのではないか」となじられ、いなくなればいい、と望んだお腹の子どもを流産させてしまい、そのことを自分が殺したと思う。

 こんな繊細なこの2人のやりとりが、仕事の現場での作業を通して描かれる。2人が徐々に心を開いていく。だが、やがて彼女はここを去る。そんな2人の描写がこの映画の肝だ。そうして少しずつ彼は彼女とこの仕事を通してこの現実世界になじんでいく。ここに居場所を見つける。だから、ゆきがいなくなっても、彼は黙々と働く。

 やがて、彼女の消息を知り、会いに行く。ここからの展開は正直言うと、まずい。更には映画のラスト。あれはあまりに安直で驚く。だが、そういう展開で描こうとしたことはわからないではない。この映画で、観念的にはゆきは死なさなければならないのかも知れない。だが、あの展開ではとてもリアルではない。お涙頂戴の嘘くさい取ってつけたようなラストエピソードだ。死んで、助けた少女の命へと引き継がれる。

 2人が再会し、海で手をつなぐシーンで終わってもよかった。海に向かって叫ぶシーンがとてもよかった。「元気ですか!」という声は心に沁みた。でも、そんな甘い終わりでは納得しない人もいるだろう。それだけではない。映画は最後に、彼が彼女の部屋を遺品整理するシーンをどうしても作りたかったようだ。その結果あのラストとなった。問題はあるけど、気持ちはわかる。全体のバランスを崩してもかまわないのだろう。監督の想いを受け止める。だから、あのラストも含めてこの映画が好きだ。

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