静かな怒りをきちんと伝える。声高に叫んだからといって答えは出ないし、解決もしない。時間はごまかすことはあっても、それで何かが解決するわけではない。2001年に実際に起きたNHKによる番組改編事件を題材にして、芝居は、ここに描かれる慰安婦問題だけに特化することなく、真実に迫ることが、様々な圧力によりどんな困難を仰ぐことになるのかという、どこにでもある普遍的なことを描く。
石原燃さんは事実のドキュメンタリーとしてお話を見せるのではなく、ある事実の告発として、ひとりひとりの胸の奥にむけて矢を放つ。これはどこかで起きた社会問題ではなく、あなたたちひとりひとりの問題なのだ、という。何が正しくて、何が間違いである、という判断を下したいのではない。何ができて、何が出来なかったのかを問う。そこで真実のジャッジを下すのではない。
ある家族の、(小さな組織の、でもある)個人的な問題を丁寧に描きながら、それがここで描かれる社会問題ときちんとつながっていくという構造が見事だ。下請けのドキュメンタリー番組制作会社の良心を問う。そこから始まり個々人の問題をちゃんと描きながら、核心に至る。2時間の芝居を見た後、自分の良心はどうか、と胸に問いかけることになる。観客はその重い問いかけを抱えて帰路につく。それがいい。
石原燃さんは事実のドキュメンタリーとしてお話を見せるのではなく、ある事実の告発として、ひとりひとりの胸の奥にむけて矢を放つ。これはどこかで起きた社会問題ではなく、あなたたちひとりひとりの問題なのだ、という。何が正しくて、何が間違いである、という判断を下したいのではない。何ができて、何が出来なかったのかを問う。そこで真実のジャッジを下すのではない。
ある家族の、(小さな組織の、でもある)個人的な問題を丁寧に描きながら、それがここで描かれる社会問題ときちんとつながっていくという構造が見事だ。下請けのドキュメンタリー番組制作会社の良心を問う。そこから始まり個々人の問題をちゃんと描きながら、核心に至る。2時間の芝居を見た後、自分の良心はどうか、と胸に問いかけることになる。観客はその重い問いかけを抱えて帰路につく。それがいい。