習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

砂原カーニバル『帝郷・華の章』

2006-11-20 21:56:14 | 演劇
 天六から東に5分程行ったところに音太小屋はある。古い建物の2階を改造したフリースペースで、80人程人が入れば満杯になる。元々劇場として作られた空間ではないのでタッパもないし、何よりステージ部分が狭い。しかし、ここには小劇場演劇の原初的なものがある。なにもないところから芝居が始まること。そのワクワクドキドキがここにはある。今回の作品はこの空間の、《なにもなさ》を見事に取り込んだものになっている。

 昨年4月この場所で活動を再開した砂原悟空による本格的な復帰第1作は、かってのmitosu時代を思わせる伝奇ロマンだ。ひきこもりの青年が自殺するために外にでる。山の中に迷い込み桜の下で首を縊って死のうとしていると、1人の女がやって来る。彼女に導かれるまま、1軒の宿屋に行く。気付くと自分の後ろに、もう1人客がいる。彼の背後に寄り添うようにしてその男もここに来た。

 この世とも思えないこの不思議な場所で2人は別々に接待を受ける。この2人以外には客はいないようだ。芝居は彼らとこの宿の女たちのやり取りを見せながら少しずつ話の核心に近付く。その語り口がいい。遊びのようなやり取りの中から少しずつ何かが見え隠れしていく。よく分からないものが確かに描かれる。そのタッチは砂原さん独特のもので見ててワクワクする。青年はもう1人の男から相撲をせがまれる。負けると男は彼の持ち物を何か呉れと言う。男はこの宿屋の奥にある場所に行きたい。しかし、そこに行くには通行手形がいり、それは青年が持っている何かであるらしい。何度も男は試みるがそこには行けない。

 砂原さんの今までの作品とは違いとても分かりやすい構成になっている。ストーリーを単純にして、その代わりに状況描写と遊びの部分を丁寧に見せていくことで、作品世界をしっかり観客に伝えることに成功している。観念的になりがちなドラマを上手く削ぎ落としてシンプルに纏め上げていく。以前はいろんな要素を作品の中に折込すぎて消化不良になり勝ちだったが、今回は面白いくらいにストレートにドラマを作る。なのに、今までの砂原ワールドは損なわない。十二分に彼女の世界を満喫できる。

 今回初めて男性を主役に据えて芝居を作った。mitosuは女性ばかりの劇団で、男性をキャスティングするなんてことはなかった。本当なら、主人公の2人をどちらも男性に演じさせるつもりだったらしいが、残念ながらそれは実現しなかったようだ。しかし、影の男を砂原さんが自ら演じ、いい味をみせる。彼女が主人公にぴったり寄り添い切なそうに彼を見つめるのが印象的だ。

 実はこの男は、主人公が生まれる以前に死んでしまった兄であり、彼がこの世界に出たいという願望を今も抱き続けていることが芝居の終盤で明らかになる。彼らは母の胎内で一緒にいた。一つの身体に二つの心音がする。二つの心が宿る。しかし、この世に出てくるのは一つだけ。兄はこの世界に生まれ出ることはなかった。

 ドラマはこの二人の秘密に向かい突き進んでいく。3人の女たちが、この不思議の世界を煌びやかに見せる。そして、その背後には黒子のように(装束はまさに黒子そのままで)2人の父と母、彼らを取り上げた医師が控えているという構造である。

 産道を通ってこの世界に出ることを許されなかった魂との邂逅、世界に心閉ざし、自ら命を絶ち、あの暗い場所に戻ろうとする青年が、あの暗い場所に閉じ込められたもう一人の自分と出会う旅。

 彼が何に傷つき何を想いこういう行動をしたのかは敢えて描かれない。ただ、誰にも、《この世界で自分が1人ぼっちであり、世界に拒絶されている》と思ってしまうことはある。作品はそれを描いているのだ。

 だから芝居は原因なんか言わない。そういう説明を一切抜きにして、彼が出逢った不思議な世界、怪しげな女たちの棲む屋敷での出来事を見せることに終始する。この物の怪たちは何なのか。彼はどうなっていくのか。それをゆっくり見せていくだけだ。

 金太郎と銀太郎が、母の胎内に宿り、二つの心臓の音が一つの胎児から聞こえる。生まれてくるときに、失ってしまったもう1人の自分。帝郷に行き、華になった兄と出会い、弟はもう一度生きる。たったそれだけの、まるでおとぎ話のような小さな芝居である。しかし、ここにはこんなにも豊かな劇世界が広がる。

 芝居が終わった後拍手が鳴り止まない。満員の客席はいつまでもいつまでも拍手を続ける。こういう経験は久しくなかった。そんな当然の事にも驚いている。

 

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 『天使の卵』をもう一度考える | トップ | 『短歌 TANNKA 』 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。