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映画・演劇のレビュー

『3つの鍵』

2022-09-21 12:00:28 | 映画

久々のナンニ・モネッティの新作映画だ。一時期彼の映画祭りのような時代があった。イタリア映画はなかなか劇場公開されないのに、彼だけは別格。あの時代の代表作『親愛なる日記』もこの映画と同時にリバイバル公開される。たぶん『息子の部屋』以来となる日本での新作公開ではないか。(調べるとそうではなかったし、『ローマ法王の休日』も『母よ、』も見ている)

彼らしくない深刻そうで地味な内容で原作ありの作品。(今までは常に彼自身によるオリジナル脚本だった)重くて暗い映画は今は嫌かも、と思いつつも、さっそく見に行く。2時間緊張と少しだけほっとする瞬間のある映画だった。3部作になっていてタイトルは『3つの鍵』なのに4つの家族の話。『4つの鍵』にしろよ、と僕は思う。ローマの高級アパートで暮らす4家族。1階の夫婦には7歳の娘がいる。向かいの部屋は認知症気味の夫のいる老夫婦が住んでいる。2階の若夫婦にはもうすぐ子供が生まれる。そして3階の裁判官夫婦の息子が事故を起こした。ある日の夜、酔っ払い運転で帰宅して自宅前で女の人を轢き殺してアパートの玄関に車ごと突っ込んだのだ。ここから話が始まる。この4世代の夫婦とその子供たちが主人公だ。

冒頭の事故を起点として生じるドラマが、4つの家族の抱える問題を浮き彫りにして、それぞれのエピソードとして語られていく。深刻な話なのだが、それが突き詰められる前に、するりとかわされて次の家族の話へとつながれていくので、見やすい。並行して描かれるそれぞれの事情が微妙なところで重なる。そして、5年後。さらに5年後と10年間の軌跡の中で描かれていくこととなる。

描かれる問題は深刻で、簡単に片が付くことではない。ほんのちょっとした過ちが延々と彼らを苦しめる。3階の夫婦は息子を持て余している。いいかげんでわがままに見える息子の行動には彼らでなくてもイライラさせられる。人を殺しておいてまるで反省しないように見える行動を両親に向ける。被害者は自分だ、と言わんとするばかりの勢いなのだ。もちろん両親の教育方針が今の歪んだ彼を作り上げたのかもしれない。だが、それと人殺しは別問題だ。2階の若い妻は仕事でほとんど家にいない夫のせいで、常にひとりぼっちだ。もうすぐ赤ちゃんが生まれるけどひとりで育てられるのか不安でいっぱいになっている。頼れる友人、家族は誰もいない。無事出産はしたが今度は育児が不安。初めてのことで何もわからない。心を病んでいく。1階の夫婦は幼い娘のベビーシッターとして隣の部屋の老夫婦にしばらく預けることにしたが、夫は認知症の隣家の老人が娘にいたずらをしたのではないか、と疑いをかける。

よくもまぁ、こんな話を考えたものだ。不幸なケースのてんこ盛り。ある種の人生の縮図をそこに見せられた気がする。4家族の直面したケースは極端なケースだけど誰もが心当たりのあることばかりではないか。今はともかくやがて体験するかもしれない事象が提示される。結婚、出産、育児、成長、独立、老い。そこに生じるさまざまな問題。夫婦の、そして子供たちとの関係。それぞれの家庭が抱えることになるいくつもの問題と向き合い、そうしていく中で時は過ぎていく。2時間の映画に描かれた3つの時代、4つの家族、5年ごとの時間。映画に込められた10年間の想いの軌跡を通して、人生とは何なのかを描く。ナンニ・モレッティ監督のこれまでのキャリアの総決算となる力作だ。ラストの祝祭空間のような路上でのダンスが彼らの10年を祝福する。彼らが生きてきた時間は誰もが生きる時間である。これまでだけではなく、これからもこの先も。


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