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映画・演劇のレビュー

原田ひ香『東京ロンダリング』

2011-10-19 22:56:40 | その他
 都会の片隅でこんなふうに生きている。今の時代ならあり得ない話ではないだろう。死んだ人の部屋で住む。それが彼女の仕事だ。

 自殺者や事故で亡くなった人が住んでいた部屋にはなかなか借り手がつかない。そこで彼女たちが登場する。そのいわくつきの部屋で、死んだ事件現場のロンダリングするために数ヶ月暮らすのだ。そして新しい入居者に渡す。そんなことが仕事になるらしい。殺傷事件現場である。その事実をチャラにするための入居だ。だが、普通の神経ならなかなか住めないだろう。でも、彼女は大丈夫だ。ほんの一時そこでひっそり暮らすだけ。そして、また、新しい物件に入居する。彼女はそんなふうにして東京の様々な場所を放浪する。

 気味が悪いから誰もが敬遠する場所に入り、ひとりで暮らす。彼女は何のため生きているのか、自分でもよくわからない。離婚して生活の術を失い、偶然この仕事を得た。ただ住むだけでそれなりの給料が支払われるのだから楽な仕事だ。だが、普通の人なら耐えられない。別に何があるというわけではない。だが、精神的にかなり酷な仕事のはずだ。(まぁ、これが仕事と言えるなら、だが)

 もう生きる気力を失い、ただ何もせず、生物的に生きているだけ。そんな人生には何の意味もない、はずだ。だが、死ぬわけにもいかないし、ただこうして流されるように生きている。

 32歳の内田りさ子は仕組まれた不倫により夫から離婚を言い渡される。だが、夫を恨むのでも、不倫相手を演じた男を恨むでもない。もちろん自分の愚かさを恨むでもない。なんだかすべてがどうでもよくなる。彼女は最後まで他人に心を開かない。優しい人や彼女を好きになる人もいる。だが、そんな人たちにも心を閉ざしたままだ。それは気持ちが死んでいるからだ。だからこの仕事に耐えられる。実に興味深い小説だ。この先彼女がどうなるのか、気になる。だから、ページをめくる手を止められない。傑作になる。そう予見する。

 だが、惜しいところで力尽きる。終盤の展開が唐突すぎた。超高級マンションであるスカイガーデンレジデンスに住むようになってからの部分が、あまりに「お話」を収束させることだけのための展開のさせ方に見える。失踪した菅さん(彼女の同業者)の秘密を知り、事件を解決していくという展開もそうである。話を終わらせるための方便でしかない。

 これではこの小説がそれまでに作り上げてきた彼女の内面のドラマが、損なわれる。戻るべき場所がない、という孤独。それがテーマだったはずなのに、これでは「何か」がずれてくる。彼女はロンダリングのプロを目指したのではない。生きる術を求めたのではなかったのか。これはそのための休眠期間ではないのか。単純なハートウォーミングである必要はないが、こんなにも話が横滑りするのは、納得がいかない。そこまでの話がとても素晴らしかっただけに残念でならない。

 住む場所は、人を活かしもすれば殺しもする。広々とした豪華な高級マンションでの殺伐とした時間が人を損なう。では、どんな部屋が必要なのか。毎月のように変わっていく(それが仕事だから)生活の匂いがしない彼女の部屋。そこで彼女がただ眠り、誰ともつき合わずに過ごす日々。それはまともな人の暮らしではない。だが、そんな日々の中から何かが見えてくる。この小説はゆっくりと、その「何か」に迫っていくべきだった。人間がなぜ、生きるのか。その答えがそこには確かにあったはずなのだ。



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