これは痛い。ここに描かれる4人の女性たち。彼女たちがそれぞれの環境の中でもがき苦しみながら生きている姿を目撃しながらも、目を背けたくなる。小さな話だ。このちいさなコミュニティで閉じてしまう。社会に目を向けたなら、もっといろんなことがあるのだが(そんなこと、わかっている)そんな余裕はない。
まず、一人目の女性の問題。目の前の幼い娘(終盤で彼女が娘ではなく、息子だったことがわかるのだが、そういう名前を巡るトリックも含めて、怖い)のこと、夫の無関心。保育所のこと。苦しみ抜いた不妊治療の末、ようやく生まれた我が子を愛せないこと。パート先の同僚のこと。育児と人間関係に苦しまされる。それは大なり小なり誰もが経験することなのだが、彼女にとっては、心底耐えがたい。
4人、と書いたが実際は5人だし、対等に描かれるわけではない。3人の話が重点的に描かれる。5人が絡み合う。保育所と家。狭い範囲の物語だ。ブログで幸せな家族を演じることで現実から逃避するけど、それがエスカレートして、たいへんな事態につながる。今までもこういう小説はたくさんあった。だけど、これの生々しさはテーマを振りかざすことなく、まず主人公の痛さに寄り添うからだ。だがそこに共感するのではない。目を背けたくなるのだ。嫌な女ばかりだ。でも、彼女たちはそうすることでしか、生きていけない。肯定する気なんかさらさらない。でも、そんなふうに捻れてしまう気持ちはわからないわけではない。自分を守りたい。ただ、それだけだ。勝手すぎるけど、そんな自分勝手な人たちのいる世界で生きている。そして、そのなかでも実は自分が一番勝手なのかもしれない、と思える。
弱いから、と逃げてしまうのは論外だが、人間はみんな弱いのも事実だ。保育所というコミュニティのヒエラルキーに苦しまされる。迎えにさえ行きたくない。保育士の中にだって人間関係がある。子どもの世界にも、ママたちにも。子育ての大変さなんて、わかっているけど、人間関係でもっと苦しまされる不条理を受け入れて生きなくてはならない苦しさ。
子どもの誘拐事件からスタートして、起こるべくして起きた、と冷静に受け止めてしまう彼女への違和感から始まり、何が彼女に、そして彼女の周辺にいた女たちにあったのか、が芋蔓式に描かれていく。
不妊治療、セックスレス、結婚を巡る親の問題、さまざまな出来事が家族、職場を通して描かれていくてんこ盛り。悪意の連鎖。不快感ばかりが募るけど、最後まで読ませる。ラストの救いも、そんな簡単なものではあるまい、と、きっと当人たちも思っているはず。でも、答えはそこにしかないこともわかっているはず。