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映画・演劇のレビュー

藤谷治『世界でいちばん美しい』

2014-04-06 18:18:22 | その他
 なんだかどうしようもなくやるせない気分にさせられる青春小説を、3作品連続で読んでしまった。仕方ないから、まとめて全部について書いてしまおう。

 まず、『世界でいちばん美しい』から。『船に乗れ!』の藤谷治の渾身の一作のはずなのだが、なんだかもどかしい。まるで、乗れない。読みながら、こんなにも、ページをめくるスピードが落ちた小説は近年ない。途中でやめたろか、と何度も思った。だが、それはつまらないというのでは断じてないのだ。ただ、乗り切れないのだ。

 主人公が、友だちのセッタくんのことを語る。セッタくんは天才的な音楽家で、でも、普通じゃないから世間には受け入れられない。世間が認めない以上彼はただのプー太郎でしかない。なぜ、彼はそこまでセッタくんに拘るのか、わからない。セッタくんの才能に嫉妬するからなら、関わらなければいいだけの話なのだ。だが、どうしようもなく気になって気になってしかたないから、離れられない。モーツアルトとサリエリみたいなものなのか。

 天然のセッタくんに対して、イライラさせられる。僕たち凡人にはわからないものが、天才にはあるのだろう。主人公に感情移入できない。もちろん、セッタくんにも。

 このもどかしさは、東直子『トマト・ケチャップ・ス』を読んだ時にも感じた。3人の女の子のお話だ。高校3年生の3人が、漫才コンビを組む。それぞれがいろんな悩みを抱えながら、一緒に過ごす時間が描かれる。だが、そのうちの一人が家出する。別々の人生を送ることになる。2人はそれを見守るしかない。高校を辞めて、家庭の事情からドロップアウトして、水商売に染まる。こんな話ならどこにでもある。だが、それを一見さわやかな青春小説でやられたことの違和感。

 もう一本。唯野未歩子『はじめてだらけの夏休み』。お父さんと息子の話だ。母親が出ていき、今まで家に寄り付かなかった父親が少年のためにひと夏の休みを取る。父親は映画の音響の仕事をしていて、撮影に入ると忙しくて家庭を顧みる余裕がなかった。だから、母と少年は母子家庭のようにして暮らしてきたが、母親がそんな生活に耐えられなくなって病気になる。これもまた、よくあるようなお話だ。だが、これもまた、よくあるパターンに見せかけてなんだか少し勝手が違う。壊れていたはずの関係が少しずつ修復していく過程を描くにも関わらず、彼らの努力が、とても自然体で描かれる。パターンにならない。でも、無理しているのではない。だが、なんだか、居心地が悪い。

 3冊ともとてもよく出来たいい小説なのだ。なのに、なぜか、素直に喜べない。何とも言い難いもどかしさがある。消化不良を起こしそうだ。すっきりしない。わかりあえない、ということがこんなにのストレスになる。小説の中でお互いがわかりあえないまま関係を作る。この3冊に共通するのはそこだ。小説では主人公たちはわかりあえる。それがお約束になっている。だが、現実はそんな単純なものではない。この小説たちは、そんな当たり前のことに光をあてる。そういうことだったのだ。

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