ドアの向こう

日々のメモ書き 

浦風

2010-07-16 | 道すがら

   客が投げる エビセンめがけて船のまわりを海猫が囲んだ。 カモメの仲間、見分けが付かない。 やがて入り江に抱かれるように伊根町の舟屋が見えてきた。

 わかめ刈る与佐の入海かすみぬと 海人にはつげよ伊禰の浦風 
                                   伝鴨長明

 穏やかな海に浮かぶように家々がつづく。

 

  一階が舟のガレージ。 二階が住まい。 仕事に合わせて工夫されている。 風情ある景観を油彩で描いてみたいと思った。 楽しい絵になりそうだ。

            -☆-

  

 但馬の小京都 いずし(出石)を歩いた。 どこからともなく軽やかな音色がひびく。 ちょうど向かいから出てきた男性に伺うとやはり、 機織りの音だった。 手織りの横糸を滑らせてトントンからり… でもない。 

 
 リズムを取って几帳面に聞こえるのは機械で 丹後縮緬を織る音らしい。石垣に河原撫子が盛りだった。 
 
 以前ユウスゲの花の検索で知った丹後のひとも織りに関係していた。 丹後半島の野の花をすてきな写真でたくさん見せていただいたが、 16日夕暮れの半島で黄色くそよいでいたのはユウスゲか、 あるいはヤブカンゾウであったか と あわただしい旅をふり返った。

             -☆-

   旅の日記は まだまだこれから いつ終わるやら…
   今日の二階は 室内でも36℃ 
   パソコンも熱を出して いやはや暑い 

      

 

 

 

 

 

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梅雨晴れ

2010-06-16 | 道すがら

   晴れ間を縫って  川口市立グリーンセンターへ
  温室で珍しい花も見た

 

 アリストロギア ギガンティア という。 
  落ちている花を写すと あざやかな縮緬のようで惹かれたが
  これは花ではなく 萼らしい。 広げると20センチ以上ある
  詳しくは 季節の花300さんで

           -☆-

 花菖蒲園には江戸系 肥後系 伊勢系あわせて約340品種の花が見頃  300株の紫陽花が周りを囲んでいる 

  

 
  楽しみにしていたアーティチョーク
    まだちょっと早いかな

  ツマグロヒョウモンもひと休み 

 

 古代ギリシャ建築の柱にデザインされた アカンサス。 

   以前 浦和博物館でスケッチしたことがある。
  参考       全体像

 ついでに ことし実がならないキンカンについて園芸相談。
 リン酸やカリが不足のもよう。 
 ユズにはアゲハの幼虫も育っている、 羽化を楽しみに待っているところだ。

        -☆-

 朝から インターネットつながらず
  夕刻  サポート(有料)で ようやく解決した。 NETが無いと何も出来ない、重度の依存症である。 
   

 

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坂のある街

2010-05-05 | 道すがら

           

  3日 息子たちと食事をして、 午後は坂を歩いた。 ハンノキ クヌギ エノキ… ゆたかな緑がざわめいて 木洩れ陽がチラチラと踊っている。
 多摩川が10万年以上の歳月をかけて、 武蔵野台地を削りとってできた段丘で、周辺には樹林や湧水が多くのこり、 生き物にとっても重要な生息空間になっている と。 遠くビルの向こうはみどりの帯が連なっている、 湧水は100箇所もあるそうだ。若葉の翳も爽やかな夏日和だった。 見あげれば大樹が見下ろしている 急坂をのぼると思いがけない景色にであう。 巨木のかげで真紅の躑躅が待っている。 立ちどまっては見あげ、 急な斜面を覗いたりした。 行きどまりに驚喜し、 象の足のような巨木にさわってこころ躍る。 

 


 

囀りをこぼさじと抱く大樹かな    星野立子

 
  尊いものをみるように大樹を眺め、 安らぎを覚える。
 五島美術館では青紅葉に染まって 多摩美は桐の花がまっさかり。 セントメリーズ インターナショナルスクール、 法徳寺、 行善寺坂… 国分寺崖線のまわりはみどころが多い。 そのほんの一部でも家族そろっての小さな旅はたのしいものだ。
 「何だ坂 こんな坂…」 「坂の上の たむらまろ~」  中学生の笑い声が林に消えた。 

 
 
  巨木や歴史に惹かれる。  崖線マップは こちらから

富士見橋の眺め

(以下説明文の引用は 世田谷区HPから)
 富士見橋…  切り通しを走る東急大井町線上にかかっている。

 冬晴れの日、富士山が真正面にみえる。 若草の匂いと午後の日がまぶしく反射した。 斜面に長実雛罌粟や春紫苑など。 

 急勾配の行善寺坂を登りきったところに行善寺がある。 行善寺坂はもと大山道の一部だった道で、この街道は八十八坂七曲といわれるほど起伏の多い地形を通っていた。行善寺境内で 

 行善寺はその昔、 玉川八景の眺望場所としてにぎわった。二子の鮎漁とならび瀬田に行善寺ありと江戸市中に広く知られ将軍もしばしば立ちより休息した。 境内から朝夕は赤く染まった風景が見られる。
 ここから杏色の夕焼けをたのしみたい。 


 

 

行善寺の門  

       


 瀬田夕日坂…  よい写真が撮れるだろう。
 
  お屋敷の窓硝子はゆがんでレトロな匂い。 切り通しを行く、 緑が覆い被さる、 坂のある風景は漱石の小説のなかにでも出てきそう。 館に異国情緒を感じながら物音はしだいに聞こえなくなっていく。
  
  丘のうえにあこがれが住んでいる。 坂道がすきだ。 上ったところにドラマがある、 急傾斜を降りると待ちうける景色など。 崖っ縁にどきどきさせられる。   
 

 

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思い出

2010-02-28 | 道すがら

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<悠久の流れ ゆるやかな二胡の調べが似合う

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 いまは 喧噪や熱気を懐かしく思いだす。高層ビルのかたわらに壊した建物の残骸が、片づくのを待っていた。空き地が多い。万博を控え開発は急ピッチで進んでいた。物価は上がり景気がよいのは不動産だけと聞いた。租界では戦争を思い、歴史の大河の一滴をなめ、大地の砂ひとつぶを踏んできた。
 文化遺産の ほんのゴマ粒ほどを観たに過ぎない… 
 日記のつづきはメモにして 自分のために残しておこう。 

 ちょっと頭を休めたいので 音楽は静かな曲にした。
  ワーグナーの ジークフリート牧歌

 ほんとうはクライスラーのテンポのよい「中国の太鼓」を探したのだけれど。





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楽しむひと

2010-02-28 | 道すがら

  曇り 遠くが靄でかすんでいる 16度    

  魯迅公園の朝  8:40

 たくさん集まって踊ったり歌ったり。    
  太極拳や社交ダンス
 いきいきと暮らすひとたち
  圧倒される 
 

 

    公園の入口からほどなく
 籐いすにかけた魯迅像が見える

 

    ここが 魯迅墓 

  きょうは観られないが記念館も   

 

  筆に水をつけて文字を書く
 筆捌きもみごとで
 見物人が大勢集まった 

 何人もが書道の練習
 あたり一面 文字の道
 じかんがたって薄れている

 このかたは ペットボトルの先に
 スポンジを布にくるんだのを穂先にして 
水継ぎの手間を省いた
  賢い すばらしい方法だ

    

 多倫路文化名人街入口の門

 日本人租界や共同租界などあった。 日本人が建てた家やビル等今も残る。
 オットーと呼ばれる
        日本人もいたはず。
 魯迅と親交のあった
          内山書店のこと。

   豫園商場 

  どこもにぎやかなチャイナタウン

                                                 
 つづいて芸術会館  陶磁器や彫塑、水晶の置物など現代作家の作品を展示、販売していた。骨董工芸館 

 ・豫園 着工は1559年。明代の役人が父のために19年かけて造った私庭。当時は5万㎡の敷地。 5つの景観区と内園。 「豫」は平安、愉の意味(ガイドブックから)

     

   豫園の龍壁  壁のうえをうねりながら伝う龍、 粘土の頭 瓦の鱗
   中国では龍は皇帝の祖先とされ特別の意味をもつ。 他では使うことは出来なかったので 爪の数を1本減らして免れたという。

 豫園商場 茶慶館 中国茶試飲 きょうまで広東・蘇州・上海料理
  無錫の田舎料理  火鍋料理  小龍包 点心など いろいろ味わった。  

 ・七宝古鎮観光  明・清時代の面影をのこす七宝老街(明、清代に綿紡績や織物業で発展した)富強路 南西路など散策 
 旧正月、家族連れが繰り出しにぎやかなこと。両側の土産店もたのしい



  やきものの置物

  一元は日本円で約15円。 1580元では 23,700円也…

櫛を売る店 

 夜は上海雑伎団… 緩急おり混ぜ構成よく、訓練された技は芸術的、美しくスリル満点。 
  外は 満月が明るい。 CROWNE PLAZA  SHANGHAI に
   花火の音がこだました。  写真があふれそうだ。           

 

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江南の春

2010-02-27 | 道すがら
 雨 11度 このあたり一年の半分は雨。
無錫ムシャク(三国時代のゆかりの町、呉の国の都、3000年以上昔、錫の産地だったが取り尽くされて無錫となる。
 
 唐代の詩人 杜牧が「江南の春」に詠んだ。
  
  千里鶯啼緑紅映  
  水村山郭酒旗風
  南朝四百八十寺
  多少楼台煙雨中

 日本にもある「無錫旅情」の歌。

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<■長広渓湿地公園 屋根付きの立派な橋■
<<<<<


・長広渓湿地公園の屋根のある橋(上写真)を渡る。難しい漢字、悲しいかな橋のなまえが読めない。



・無錫真珠館見学(淡水パール カラス貝の中に30個以上もの真珠があった。
 パールクリームなど加工) 
・太湖… 穴の多い複雑な形の奇石はここで採れる。庭園のほとんどにあるが興味が湧かなかった。こちらでは干支など想像したり、瞑想したり楽しむらしい。

・朱家角(明の万暦年間(1573-1620)にできた古い水郷として有名な古鎮。「鎮」は中国で都市の意。 運河が網目のように張り巡らされている。放生橋、北大街散策(100年以上の歴史をもつ醤油と漬物の店。路地の両側に チマキ、蓮根煮、味付けされた枝豆など売る店、屋台が所狭しと並ぶ。  

朱家角のようす
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  チマキ 蓮根煮 餅など売っている
    醤油の浸みた色 匂い 
 両側に土産店やレストランなどひしめく          豆のほか彩りよく丸くのした餅(右のほう)等             強烈な匂いの臭豆腐など 行列が出来ている      明・清代の面影を残す家並みがクリークに沿ってつづく 江南らしいのどかな風景

   
   太鼓橋のような放生橋   菜花のような… レストランで必ず出てきた。   きっと茹でるときごま油を少量   色よく 塩味だけで    シンプル料理が とても美味しい   
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・上海クルーズ

   



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庭園と運河

2010-02-26 | 道すがら
 気温10度。この季節寒暖の差がはげしい。江蘇省南部の水郷と運河の街「錦渓」を訪ねた。千年の歴史を窺う。
 詳しくはこちら
 

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<■ 錦渓 五保湖に龍のような古蓮橋 ■
<<<<<


  旅の地図はこちらから (地球の歩き方より)

 蘇州は呉文化を育てた街、多くの文人が集まった。繊細でシンプルな雅がある。
「蘇州夜曲」も思い出された。レンガを縦に組む甃、骨董館、個人博物館など軒を連ねている。その一軒に入る。圧倒する蒐集品の数、ご高齢の主は健在である。

寒山寺・大雄宝殿

 高僧 寒山拾得の寒山寺、張継「楓橋夜泊」の碑文と鐘。
「月落ち烏啼いて霜天に満つ/ 江楓 漁火 愁眠に対す / 姑蘇城外 寒山寺 / 夜半の鐘声 客船に到る」 

 
<
<■世界遺産「留園」清代の建築と造園■
<<<<<

 楼閣を繋ぐ回廊に花窓や透かし彫りがみごとだった。

 シルク製作所 刺繍研究所(極細の絹糸で細密に、表だけでなく裏側からも同じように刺してあるため、すばらしい光沢と質感だ。絵画と見紛う)



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一粒の見聞

2010-02-25 | 道すがら

  現地ガイドはこの国を巨大な西瓜に喩えた。 5日間の滞在で、 西瓜の種の、わずか一粒分ほどの領域、 文化をみたに過ぎないのだった。 肩の力も抜けてゆく。 知れば知るほどおもしろい国、 中国。 2時間半で上海に着いた。 気温21度、 蒸している。

 上海博物館  
 丸い天と四角い大地「天円地方」 前に唐獅子(白)の彫刻がある。 建物全体が鼎のよう。 所蔵品は百万点。うち13万点が重要文化財、 中国5千年の文化に触れる。 

 1階  ・中国古代青銅館  紀元前2千年前後から紀元前5世紀の春秋・戦国時代までの400点余を展示。  

 ・中国古代彫刻館 120点余の彫刻は戦国時代(前403-221)から明時代(1368-1644)まで、 仏教彫刻と中国伝統文化の融合する過程などわかる。


    

 

 

 

 

 


 

 

 ご紹介は むずかしい漢字ばかりで変換できません、 写真だけ。

 2階 新石器時代から清朝(1616-1912)までの中国古代陶磁器。
 ここをゆっくり重点的に見てきた。

 中国陶磁器8000年の多岐多様な歴史。 各名窯を代表する傑作が 美しくかがやく。 白釉  青釉  唐三彩 景徳鎮 琺瑯彩・・・  



 3階 中国歴代絵画館 唐時代(618-907)から清朝までの名作100点余。 詩を感じ桃源郷へ誘われる。
・中国歴代書蹟館 甲骨文、金石文、古文書や拓本など。王義之、王献子を含め70点余の佳作  ほか印章館

 4階…民族工芸 服飾 染色 刺繍など。
    精緻な古代玉器、 明や清時代の華麗な家具。 テーブル、椅子
    貨幣… 3000点余の古銭。 ほかシルクロード中央アジアの古銭室。

 乾隆帝の宝物や故宮でみてきた玉を思い出して楽しんだ。 家や暮らしが見える。時間が無くて兎に角かけ足で。 ここだけで何日も過ごしたい。 

 グランド ハイアット上海 の  88階から浦東のビル群を見渡す。
 高さ340m/毎秒9m 屋上までエレベーターで40秒。  眼下のビルは小雨に煙っている。  

 上海のソーホー 田子坊 (泰康路芸術街)
 200mほどの迷路のような短い路地に アートギャラリー 写真スタジオ、 服飾、雑貨店が軒を連ねる。 骨董品など。 センスのよい店。 



  

    ものがたりの始まり  不思議な路地裏…
  




  懐かしい小径…   胸がきゅんとなる。  

  詳しい情報は こちらへ


 

 

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水仙の香や

2010-01-26 | 道すがら

   埼玉県北東部の幸手市。  権現堂堤は桜の名所として有名だ。 今は水仙の季節で4分咲きというのを見にいった。 風速10m以上? ひとが少ない。 土手のうえから富士山がくっきり見える。

  葉は風にもまれ絡み合い  長いリボンのようにほどけたりしながら
  花はみんな横向き 
 

   
   

    水仙のりゝと真白し身のほとり     多佳子

    水仙にさはらぬ雲の高さ哉       子規

    

     
    水仙や心にふるゝ壺の罅ヒビ       秋桜子

  凛と咲く…  黄色いカップをかかげる愛らしい花
  こころの罅に呼応する。  この寒さと強風に香りはなかった。

   桜の下は彼岸花   いまは葉が青々と繁っている 
  並木の影が こちらこちらと呼ぶようで どこまでも歩いた
  ほんとうに とても寒くて~  茶店の甘酒が美味しかった

 

 

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アルバムから

2009-12-04 | 道すがら
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<■説明文1■
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 お試しのスライドショーは古い写真です。説明は無し 
  ただ 広いところ 雪景色が見たくてね…
  Sakura先生 ふくら雀さん ありがとうございました。
 テキスト形式でできました。
   もういちど考えてみます。

 とりあえず UPバンザイ!!

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大河メコン

2009-10-24 | 道すがら

  10月9日 金曜
8:43   ホーチミン市は、 ベトナム戦争終結後開放される1975年までサイゴンと呼ばれていた。 ベトナム最大の商業都市です。
 かつて プチパリと称えられた美しい街並は、 街路樹が整然と並んでいる。 
 まっすぐな高い木は何というのでしょう。

 

 ↑ ここは ヤシの並木 その左手に運河、ハスの花が咲いていた。
 


  郊外にでると、新しい家が目立つ。 ハノイでは雷が多く 殆どの家で(間口4m×奥行25m×高さ25m)4本もの避雷針を立てていた。 ホーチミンではほとんど見えない。 

   

 
 
 メコンクルーズ
  ホーチミン市から国道1号線を南西へ約2時間。 メコンデルタの入口、 ミトーに着いた。 バスからモーター船に乗り換える。

   母なる大河 豊かなメコン いくら眺めても見飽きない  

   水源はチベット高原、 中国雲南省を南流してミャンマーとラオス国境線、 タイとラオスの国境線を流れ、カンボジアを貫きベトナム南部にメコンデルタを形成し 南シナ海に注ぐ。  総延長 4020㎞  流域面積 約81万k㎡ 
 
  風が吹いていた。 ただちにカッパが配られ降り出した雨は横殴り、 ひとしきりで止む。 ビニール合羽で蒸されて、また暑くなった。 紅土が流れ出るからか濁った河。 想像を遙かに超える大きさ広さ。 感嘆詞ばかりがついて出る。 
  

クルーズ用中型モーター船  中州のトイソン島に上陸。
  ココナッツキャンディ工場で 工程の大まかな説明と、 サトウヤシの汁と麦芽を煮つめるのを見学。  地雷で腕を失ったひとも。 枯れ葉剤の影響は三代にも渡っている。 戦争を忘れることはできない。 
 それにひきかえ安価な椰子飴。 たくさん求めた。 カンボジアの遺跡では、裸足の少年からガイドブックを買った。

  蜂蜜の試食や 果樹園でもぎたてのパパイヤ、マンゴー、ザボン…の試食、ベトナム民謡を聴いて。スターフルーツが青い実をつけている。 
  

ここからは手漕ぎの舟で。 みんなベトナム笠を被りメコンの支流へ。 ニッパヤシの低いジャングルを進んだ。 

 現地ガイドが念を押す 「縁に手をかけない、 舟から手は出さない…」   乗ってみてそれがよく分かる。
  水路は狭い。 戻る舟と、船着き場へ向かう舟とが、 勢いよくとても強く何度もぶつかるのだ。 縁に手をかけていたら骨折するところ。 
  



ニッパヤシ 

 ヤシの繁みはところどころ空いて薄日が漏れるあたりは人家がある。 鵞鳥は雛をつれ、シャモが水路に近づいていた。 ココナッツの名産地だ。 民家の屋根も壁もヤシの葉を編んである。

   


   凄いな…  悠久の歴史  その流れ  
     風と 匂い 音を感じて  今  写真の整理  
  
 
    

    気がつけば そぞろ寒さを感じるこの頃、 かの暑い国をずっと思っていた。
  そろそろ旅日記を終えよう。 書き残した料理のことや、 いきいきと暮らしていた人たちのことは生涯覚えていようと思う。

 人類のかけがえのない遺産、 自然や文化、 無形の残したいものがいつまでも守られ、 その国に住む人たちがどうぞ幸せでありますように。 感謝をこめて
 

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ベトナムの蓮

2009-10-23 | 道すがら

  パパイヤが実り、バナナが大きな葉をそよがせている。 スターフルーツの青い実や、ラグビーボールくらいのドリアンがたわわだ。

  花はブーゲンビリアや、カンナ、カランコエ。 緑はクロトン、竹など。
  ハノイの文廟では プルメリアも咲いていた。
 
  ベトナムを代表する花は蓮で、 ベトナム語でセンという。 国花ではない。
  蓮は 聖なる花の象徴。 (↑写真) ホテルロビーにさり気なく置かれていた鉢。 あの大きな花弁を、 ひとひらずつ小さな三角に折り畳んで小ぶりにしたのを、水にたくさん浮かべている。 うまい飾り方だ。 手間をかけることを厭わない人たちだ。

  ベトナムでは、花を愛でるばかりでなく、 花びらから作るロータスティー(蓮花茶)、 実を砂糖づけしたお菓子など。これは日本でも食べている。 買ってきたロータスティーは茶葉が多すぎたか、 化粧品のような強い匂いがした。 ジャスミンよりきつい香り、 こんどは少ない茶葉で丁寧に煎れてみよう。
 パッケージの文字は ベトナム語と英語、それに 「傳説四千多年前、神農氏偶然發現有葉子飄入其……」 延々続く。 偶然發現… 有葉子 飄入… 読みながらひとり愉快だった。  どうやら4千年あまり前から飲んでいたらしい。

  
  茎をサラダにした 「ゴーイ・セン」。  すでに、 口にしたかも知れない。 百合の蕾も食べたから

 センのつく料理は、ほかに

ゴイ・ゴーセン
 
(ハスの茎、海老、豚肉などをヌック・チャム(湯で薄めた魚醤に砂糖、ライム汁、ニンニク、唐辛子を浮かべてある付けダレ)で和え、砕いたピーナッツをたっぷりまぶす)。  ソイ・ガー・ラー・セン ハスの葉でくるんだ鳥おこわ  

 ベトナム航空機も 尾翼に蓮花が描かれている。
 ミトーに向かう折、 国道沿いの運河に蓮や睡蓮の花がちらちら見えた。 牛だって寝そべっていた。

   まだ こころは熱帯にある。 あと一日分の 絵日記が残っている。

  

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サンライズ

2009-10-22 | 道すがら

  10月8日  午前5時48分 
  シルエットを  今朝の光がつつんだ
  茜雲がたなびき  ふさわしい曲と 微風と  
     固唾をのんで 見守る


   6時6分 太陽が顔を出す瞬間     琴の音は高らかに響く    
 
             -☆-

  プレ・ループ 
  創建 ラージェンドラヴァルマン二世 961年  信仰・ヒンドゥー教(シヴァ派)
  ピラミッド式寺院 死者を荼毘に付したという石槽が置かれ、 火葬の儀式が行われていたことがうかがえる。 

 3層のラテライト(紅土)造りの基壇状に、 5其の祠堂が並んでいる。
  急な階段を登ったり降りたり、 暑いが、連れは元気。 蛙は汗疹だらけ。


  バンテアイ・サムレ  

  環濠と高い塀(6m)に囲まれた寺院。サムレとは「族の砦」の意。   創建 スールヤヴァルマン二世                           12世紀初頭  ヒンドゥー教

 

 各塔の破風の彫刻もみごと

 

 

 

 スラ・スラン

 王が沐浴するための池700×300m  子どもたちが水遊び中。

         
 バンテアイ・スレイ
  周囲約400mの小寺院  外壁は赤色砂岩とラテライト(赤色の風化土) 

 

  朱色の砂岩にヒンドゥー神話が 彫りも深く彫刻されている。
  神々の彫刻がみごと。 

  

 
  アンドレ・マルローが 祠堂のデバターに魅せられて盗掘、 国外に持ち出そうとして逮捕された。 後に 小説「王道」に著す。 
 とくに ↓中央祠堂のデバター像は 「東洋のモナリザ」 と呼ばれている。

         


  再び ベトナムへ戻る
    シェムリアップ発17:20  ホーチミン着18:20

 

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天空の楽園

2009-10-21 | 道すがら

  雨あがりの午後、 姿は見えないけれどインコや蝸牛の歌が聞こえている。 聖池に映るアンコール・ワットです。  10月7日 午後
 解説はいりませんね。 でも 自分のために
 
  創建者 スールヤヴァルマン二世 創建 12世紀前半 信仰 ヒンドゥー教
 南北 約1.3㎞ 東西 約1.5㎞、幅 190m、周囲 5.4㎞の濠で囲まれている。 
 中央祠堂は世界の中心山で 神々が住むメール山(須弥山シュミセン)を象徴し、周囲の回廊は 雄大なヒマラヤ連邦、 環濠は無限の大洋を、ナーガ(蛇神)は不死の象徴。神と人間界を繋ぐ架け橋に見立る。(地球の歩き方)


  

   長さ600mの参道を進むにつれ、中央祠堂や尖塔は見えなくなった。 スコールに洗われた壮大な遺跡が目の前にある。 アンコールワットの見学が午後に集中するのは、逆光をさけてと実感する。

  巨大な寺院群をもつクメール王国はインドシナ半島のほとんどと マレー半島の一部を領土としていたこともある大帝国だった。 ここシェムリアップ地域は王国内で最も豊かな水の都。 平城京の大和盆地になぞらえて、どちらにも数百を超える寺院が建てられ、 そのなかで東大寺に匹敵するのが アンコールワットである。

  はるか昔 習ったかも知れない。 比較で わかりやすく身近になった。

  クメール人たちは、その宗教的、文化的小宇宙をアンコール遺跡に結集させた (「アジアの至宝 アンコール遺跡」 NDN Books)

 
 
  回廊の浮き彫り、 わずかに彩色が残っている。 絵巻を見るようなレリーフは インド古代の叙事詩、 
スールヤヴァルマン二世の行軍、 死後の世界を表した「天国と地獄」など 描かれている。  

  

 ↑奇抜な髪型のデバター(女神)は へそ出しルック。 サロンの(一枚の布を、スカート風に腰に巻く)模様も見えている。  第二回廊内側 東壁。
 柱の透かし彫りなど、彫りが深い。
  次々現れる芸術は、 そのエネルギーに圧倒される。 茫然と立ちつくした。
 
  豪壮さと華麗さで、席巻する。 創建当時に思いを馳せ息を呑んだ。 遺跡は世界の注目を集め今なお進行形だ。 国交も開かれていなかった時代から保存修復にあたる上智大学のアンコール遺跡国際調査団の働きなど。
 目覚めつつある世界遺産をまえに、興奮し震えがとまらなかった。 神にちかづく、第三回廊は現在修復中。

            -☆-
メモ
 ・参道は7つのテラスをもち、 両側に聖池が広がる。 聖池は沐浴のため、同時に 灌漑のため。・メコン流域に肥沃な土地をもたらした紅土(テール・ルージュ)。玄武岩が風化して出来た。 濃い緑と赤い土に惹かれた。
 ・ アンコールワットに残された日本人の墨書、14箇所。 森本右近太夫一房のこと。 
 ・プノン・バケンの丘を登ってサンセット観賞。 
 アンコール遺跡群の中で最も高所にあるピラミッド式寺院プノン・バケン。 創建は9世紀末。 ぬかるんだ急勾配の参道をのぼり詰めると広場にでた。 さらに遺跡の急な石段を極めると 360°見わたせる。 はるかジャングルの中にアンコールワットの祠堂が かすかにみえる。
 1時間前から待機したが、 雲隠れに終わった。 

17:37今から待機する群集

  明朝、 アンコールワットのサンライズ観賞。 4時起きする。
カンボジア…  南瓜……


 

コメント (2)
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遺跡巡礼

2009-10-20 | 道すがら

  10月7日・水曜  アンコール・トム遺跡観光  バイヨン寺院

  この微笑みに 出会ったことはないでしょうか  (10月7日 水曜)
     
  アンコール・ワットの造営から遅れること半世紀、 周囲約12㎞の城壁に囲まれた王都が造られた。 これがアンコール・トム(大きな町という意味)。 その中核が 「バイヨン寺院」です。 創建者 ジャヤヴァルマン七世 12世紀末  信仰 仏教


南大門の四面塔の顔の長さ約3m 

  ↑ 南大門前で下車。 道の両側にナーガに先導されて 神々と阿修羅像が続いている。 (写真左側) コブラが頭をもたげるように見えるのが ナーガ゛(蛇神)である。 遺跡や欄干にもたくさん見られる。 鱗もついて。 舟でもある。 拡大 
  

 

  四面仏塔が囲んでいる寺院。 観世音菩薩は 中央祠堂と尖塔の頂部にあわせて54面あり、 少しずつ表情をかえて、 優しく見つめているようなのだ。
  民族衣装の娘さんたちと 写真はいかがですか (有料)

 

  ↑中央テラスを囲んで16の尖塔を配置、 二重の回廊が囲む。上から見ると迷路のよう。 第一回廊、第二回廊とも東西南北それぞれ4面にレリーフ。 漁、狩り、炊事、闘鶏の模様など日常生活の浮き彫り。 将棋や相撲の場面。 見なかったけど、出産シーンもあるそうです。
 
 

↑ バイヨン第一回廊の壁面彫刻。 この物語を読み解くには歴史を知らないと。 どれも精緻だ。 綺麗だ だけで終わってしまう。 チャンバ(ベトナム中部にあった国)との戦いの行軍。 短く刈り込んだ髪はクメール人。 (ガイドブックから) 
  風化意外にも、 略奪されたり、 内戦など戦争による被害で破壊されてきた。 それでも、 はっきりと みごとなレリーフを観賞できた。  

 
 
  無数の穴   盗掘の跡や弾痕など 残っている。  この像は未完成だろうか

  
  
  美しいデバター像   彫りの深い装飾が囲む  (第二層テラス)

            -☆-

 バプーオン  隠し子という意味をもつ遺跡。 … カンボジアの王妃が息子をタイ軍に殺されるのを怖れこの寺院に隠したという伝説…  3層からなるピラミッド型寺院。かつてはバイヨン寺院より高かった。 両側の池の水が溢れると200mの参道が浮かぶように見えるそうだ。
 創建者 ウダヤーディティヤヴァルマン二世 11世紀中頃 ヒンドゥー教(シヴァ派) 

バプーオン

 バイヨンから北へ向かう。 道に沿って1800mの周壁に囲まれる中にアンコール期王宮があった。  男池、女池、ピミアナカス(天上の宮殿。空中楼閣) 象のテラスなど。 創建 11世紀初頭 ヒンドゥー教

 王宮跡

  ↑王宮跡(ナーガやシンハ(獅子)の像も見える。狛犬似。テラスを支えるガルーダやガジャシンハの像

 王宮前の王のテラス。 長くつづく道の奥が勝利の門。 戦いから戻って凱旋する軍が王と謁見した場所である ↓ 王宮正面に面したテラスの外壁に象の彫刻。

象のテラス、レリーフ

    カンカン照りだ。 暑いなあ…  汗だくで見て回る。


       -☆-

   タ・プロームに着く頃、 雨が降り出す。 椎茸ぐらいの大きさの蝸牛が鳴いている。 カラカラ… カンカン  細い竹筒が触れあうような だったかな。 かなり大きな音、鳴き声は 鬱蒼とした寺院の森に響いた。 

 創建時は仏教僧院 後にヒンドゥー教に改宗されたか。
  僧侶5000人余 
  踊子615人が住んでいた

 創建者 ジャヤヴァルマン七世
1186年創建  仏教

   ガジュマルに押さえつけられる回廊  手をかけなければ 遺跡はどうなるか。


  自然の脅威をみせているのだという。   ここでは樹木の除去や 修復などあえてしない。 (資料 地球の歩き方) 

  

  東西約1㎞ 南北約700m。  壁は ラテライト(紅土。 赤色の風化土)造り    
   

  怪物の足のようで  恐ろしくなった。
  重い… 
    早く退いて… 
  そんな声が聞こえる。

 
  人類の遺産を 後世に伝える…
  濡れた榕樹(ガジュマル)の濃緑が 静かにそよいだ。

 昼食後 ホテルに戻って休憩一時間、地球の歩き方・カンボジアの地図を広げる。
 
    

コメント (6)
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