想風亭日記new

森暮らし25年、木々の精霊と野鳥の声に命をつないでもらう日々。黒ラブは永遠のわがアイドル。

続、死線を跨いでみて覚ること

2010-11-02 13:48:47 | 
意志は感性がなければただの欲に終わってしまう。欲は肉につながり
肉に呪縛され解放されない。欲の裏側は失うことへの不安や恐怖である
から愚痴るばかりになる。本当の生きる力は湧いてこない。

脳溢血で助かったが半身麻痺で不自由になったと聞くと父を思い出す。
父は偉丈夫な明治の男だった。美男子で、無粋を嫌う人であった。
自力で歩けずほとんど寝たきりで数年を過ごした人生の最期の季節、
床から何が見えていたのか、何を思い考えていたのか。
蘇る記憶の中に、父もまた意志の人であったことを認めることができる。
子であるわたしはそのことに少し幸せな気持ちになれ、不幸中の幸いより
少しだけ多めにくらいだが。

父の死後十年間はそのことを理解する由もなく嘆くあまりに暗い日々を
過ごした。空虚であった。悔いが大きすぎて自分の将来も考えられない
のであった。父の死とともに終わった気さえしていた。
寝たきりの父もまた生きていたのだ、希望を捨てなかったのだということを
知ったとき、わたしは初めて父の死に意義を見いだし、父の人生そのものを
尊ぶことができたと思う。心底うれしかった。
萎えた身体を以ても、生きる意味を教え続けてもらっていたと思う。
思い浮かぶ思い出のあらゆることに「寛容」へ至った父の姿が見えてくる。

これらのことをわたしはカメの教えに導かれて理解してきた。
カメが死者と生者の間をつなぎ、真意を伝えてくれた。
回生とは生者と死者の両方にまたがることのできる生き方である。
二人の科学者の往復書簡からは奇しくも科学では割り切れない世界が、
理知的な意志と相反する事無く伝わってくる。
カメに学んでいる事と、ほぼ重なる新しい思想に、文字にされなかった部分
がかえって読み取れる。それをダイレクトに言わないことが科学者の束縛と
矜持の両方であったろうと思う。
しかし、それでもお二人の肉声ははっきりと聴こえてくる気がした。

あっちが痛い、こっちが痛い、これが不自由、ああ嫌だ、身体の不具合
不都合を嘆き訴える声を身近に聞くことが少なくない。
カメへの取り次ぎ役と頼みにして相談してくる人のなかには自業自得だろ、
と放っておきたくなるわがままな人もいて、そういう人はわがままで
あることを自覚していないから強烈である。
我のかたまりになってぶつかってくる。

けれど、痛みがどういうことか、不自由がどんなに心を傷めるかが
わかっている。知らんフリするにはわかりすぎているともいえる。
ただ情けなく残念に思いながら聞いてはくれないだろう忠告もする。
もちろん、キカナイ、すぐには。こちらも引き下がらない、すぐには。

病になる前にしておかねばならないことは、学ぶことだと痛感する。
後から、悔いてからでも遅くはないが、無知な人は悔いることも
少ないのである。
考える力がなければ、内側から「新しき人」が再生してくるのは
不可能である。タネがなければ芽が出ない。

蓄積された知識と感性が、肉の限界を乗り越え、脳細胞の活性化を
促す原動力となる。魂の力とも言えるけれど、魂とか命という言葉に
アレルギーのある人にそれを説くとき、知性と感性と意志の三つが
必要だとカメは伝えている。
多くをたゆみなく学ぶことが考える力を育て、意志が目覚めるのである。
健康な肉体に恵まれている者も、死線を跨ぎ生き直すことはできる。
「私を滅す」がその方法である。
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死線を跨いでみて覚ること

2010-11-02 00:39:58 | 
多田富雄、鶴見和子往復書簡集より。
「(健康なときは)「金力、名声、権力」をめざした競争を
多かれ少なかれやっていたと思います。
それを自分では批判しながら、やはりそういう状況のなかに
生きていたと思います。
(略)ところが、倒れて半分死んで半分生きているという
状態になったときに、非常に自然の事物が自分にとって近い
ものになりましたし、自然の事物を非常に敏感に感じ取ること
ができるようになった。」(鶴見和子)

多田富雄氏は『寡黙なる巨人』に生まれ変わった後の闘病の
果てに「寛容」という言葉を遺して逝かれたことがまだ記憶に
生々しくあってわたしは感想を述べたりするのが軽々しく思え
気が引けただ瞑目するしか能がない。

知的職業を生業とする者が言語能力が麻痺するという後遺症を
患うことがどんなにか屈辱的であるか、断崖からいきなりつき
落とされ生きながら自己喪失してしまって当然である。
そこから血を吐くようなリハビリを重ねて再びモノ言う人として
活動を始められた。その内容は健康であったときの活動や業績を
鳥瞰する目と深い洞察力によっている。
人間にはこのような可能性があるのかと驚くばかりだが、両氏とも
そのことが死の淵を覗いてきた故のことと記している。

多田氏も鶴見氏も知の巨人であるが、同時に特権を持つ選ばれた
人であった。そこから身体障害者、弱者へと急転した境涯を不幸
と嘆き、無様な姿を世間から隠して生きるという選択もあったはずだ。
両氏ともそうはしなかった理由はなぜだろうか。
対談集はその問いへの応えでもある。
行間から、文字には変換できない奥深い魂の声が伝わってくる。

有名無名に関わらず、人が手足を奪われたときに残るものは何か。
それは言葉であり、言葉を発する能力を奪われたときも意志が消える
ことはない。言葉は意志である。
我に意志はあるか、それが回生への鍵であろうかと思う。後ろ向きに
生きるのではなく前へとまた踏み出すために必要なことだ。
(続く)

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