やくもあやかし物語 2
いい匂いは食堂への途中、いつもは閉めきりのドアからだよ。
観音開きの片方が小さく開いていて、鼻歌といっしょに匂いが漏れてくるんだ。
『おや、食いっぱぐれたのかい?』
人の良さそうなオバサンの声がして、足を止めるとすき間の向こうのオバサンと目が合う。
目が合うと、こんどはお玉を持ったままの手でオイデオイデする。
「ちょうどできたところだから食べておいきよ」
「えと、ここは?」
「元々の食堂さ。いまの食堂ができてからは使われなくなったんだけどね、くわせもののお蔭で、食堂はあんな状態だろ。それで、急きょこっちを使えるようにしてるわけ」
「あ、そうなんだ」
「あたしは、家事妖精のブラウニー。この学校や宮殿ができたころから住み着いて、いろいろお手伝いしてるのさ」
「あ、わたし一年生のやくもです」
「やくも、いい名前だ。よろしくね」
握手……すると違和感。
「あ、ごめん。右手は義手なんだよ、左足も義足でね。むかし、侵入してきた魔ものにやられてね、オーディンが森の木を削って作ってくれたのさ。あのころのオーディンは不器用で完全というわけにはいかないんだけど、まあ、なんとか台所仕事をこなすぶんにはね……さ、できたてのスープとシュガートースト。味は濃いめだけど、あれだけ戦ったあとなんだから、これくらいのがいいさ」
「ありがとう、ブラウニー。いただきます」
「スープ熱いから、冷ましながらね……あ、そうだ、レシピを書き留めておかなきゃ。鉛筆貸してくれる?」
「え、あ、どうぞ」
「ありがとう、すぐに返すからね……」
スープに気を取られ、わたしは違う方を渡してしまった。
ビシ!
ウギャアア!!
なにか電気みたいなのが走ったかと思うと、ブラウニーは尻餅をついて、鉛筆を持っていた右手をプルプルと痙攣させている。
ブラウニーの足元に落ちているのはおもいやりの方だ!
「ごめん、間違えた!」
「お、お逃げ、これは右手が悪さをして……るんだから……」
ビシビシ!
ブラウニーの肘と膝のところがスパークしたかと思うと、右手と左足が体から分離して窓を突き破って出て行ってしまう!
『アップ、お、追うぞ!』
ミチビキ鉛筆が、やっと水から上がってきた人みたいに息を継ぐと、くわせものの時と同じように、わたしを引っ張っていく!
窓から飛び出す時にチラッと見たら、ブラウニーは口の形だけで『ごめんね』と言った。
悪いのは、義手と義足、あるいは、そこに取りついた何者かだ!
『右手の奴、オレを受け取ったら握りつぶすつもりだったんだ。やくも、よくぞ間違えてくれた!』
「あ、あ、そうなんだ(;'∀')」
くわせものをやっつけてホッとしたばかり。本日三回目の戦闘モードに、すぐには切り替えられないわたしだった。
☆彡主な登場人物
- やくも 斎藤やくも ヤマセンブルグ王立民俗学校一年生 ミチビキ鉛筆、おもいやり等が武器
- ネル コーネリア・ナサニエル やくものルームメイト エルフ
- ヨリコ王女 ヤマセンブルグ王立民俗学学校総裁
- ソフィー ソフィア・ヒギンズ 魔法学講師
- メグ・キャリバーン 教頭先生
- カーナボン卿 校長先生
- 酒井 詩 コトハ 聴講生
- 同級生たち アーデルハイド メイソン・ヒル オリビア・トンプソン ロージー・エドワーズ
- 先生たち マッコイ(言語学) ソミア(変換魔法) フローレンス(保健室)
- あやかしたち デラシネ 六条御息所 ティターニア オーベロン 三方 少彦名 朝飯前のラビリンス くわせもの ブラウニー(家事妖精)