やくもあやかし物語 2
おちついて考える。
あわてて動くとろくなことがない。
まずは……名前だ。
人にもあやかしにも名前がある。
名前というのは取っ手なんだ。
カップには取っ手があるでしょ。コップには無いけどね。
コップにはお水とかジュースとかの熱くないものをいれるから取っ手が無い。
でも、コーヒーや紅茶のカップには取っ手がある。
熱いものをいれるからだよね。
冷たいものでも量が多くなれば取っ手が付く。ね、ビヤホールのジョッキなんて、ごっつい取っ手がついてるよね。
取っ手が無いとめちゃくちゃ扱いにくい。
でしょ、コーヒーカップに取っ手が無くって直に掴むのって難しいでしょ?
日本の茶碗とかには取っ手が無い。
熱々のお茶をいれた湯飲み茶わんだって、直に持つ。アプローチというか把握というか掴まえかたというか、日本は独特で重要なことなんだけど、それは、またべつの機会にね。
ここはヤマセンブルグ。ヨーロッパだからヨーロッパのやり方でいく。
つまりね、やくも流の取っ手を、さっさとつけてしまう。
正式には、下を噛みそうな横文字の名前なんだろうけど、そんなの検索も詮索もしない。
おまえは……朝飯前のラビリンスだ!
グニュ
廊下の景色が、いっしゅんゆがむ。
はんぶん腹が立って、はんぶんは動揺してる。ざまあみろ。
で、奴の正体なんかどうでもいいという感じで、御息所の気配をさぐる。
御息所はもともとは鬼の手だし、 ついさっき怒ってプンプンしたところだから、その気になればすぐに分かる。
…………え?
ちょっと意外だった。
てっきり、たくさん並んでるドアのどれか。あるいは裏をかいて反対側の窓のどれかだと思った。
でも、御息所の気配は廊下の天井からしてくる。
でも、迷いはしない。
気配がもれてくる天井のところをめがけてジャンプ!
グヮラリ
すごくいやな感じがして重力の方向が90度変わって、いっしゅんで天井が壁に変わってドアが現れて、そのドアの下の方にぶつかる!
バッターン! ゴロゴロゴロ……
鍵をかけ忘れていたドアは簡単に開いて、わたしは部屋の真ん中あたりに転がっていく。
痛っあ……!
お尻を押えて起き上がると、ベッドの布団の隙間から御息所が顔を覗かせている。
『ちょ、どうしたのよ!?』
ついさっきケンカしたのも忘れて目をぱちくりさせる御息所。
「あやかしよ! 廊下に出たとたんにあやかしがぁ(>〇<)!」
『あ、あやかしの気配……でも、遠ざかってる』
「え……あ、ほんとだ」
台風が遠ざかっていくのを早回しにしたらこんな具合……そんな感じで気配は遠のいていく。
やつは、名前を付けられたことで気分を悪くし、御息所の気配でわたしがまやかしを見破ったんで逃げていったんだ。
とりあえず、最初の一匹はやっつけた。
メモ帳の一ページを破って『朝飯前のラビリンス 成敗』と書いて壁に貼った。
☆彡主な登場人物
- やくも 斎藤やくも ヤマセンブルグ王立民俗学校一年生
- ネル コーネリア・ナサニエル やくものルームメイト エルフ
- ヨリコ王女 ヤマセンブルグ王立民俗学学校総裁
- ソフィー ソフィア・ヒギンズ 魔法学講師
- メグ・キャリバーン 教頭先生
- カーナボン卿 校長先生
- 酒井 詩 コトハ 聴講生
- 同級生たち アーデルハイド メイソン・ヒル オリビア・トンプソン ロージー・エドワーズ
- 先生たち マッコイ(言語学) ソミア(変換魔法)
- あやかしたち デラシネ 六条御息所 ティターニア オーベロン 三方 少彦名 朝飯前のラビリンス