今から思うと無謀だったんだけどね……
狩野豊子陸上自衛隊関東補給処三佐は、二台のパソコンを操作しながら話し始めた。
高校のトライアスロンでは二年連続の入賞だったし、普通科のお父さんとサスケに出てさ。お父さんは中盤のエリアで脱落。あたしは最終まで残って、タイムでアメリカのジミーって選手に2秒のタイムロスで負けちゃった。
で、ジミーと仲良くなったら……アハハ、見かけより5歳トシ誤魔化しててね。登録も現役海兵隊員だったけど、ほんとは引退したフォース・リーコンの隊員。中東の作戦で限界を感じて除隊して、一般の海兵隊員になってた。
話しの上手い人でね、サスケ参加者の中では一番人を笑わせていたわ。話術もフォース・リーコンじゃ、大事な能力らしいわね。
自衛隊に入るのは早くから決めてたけど、特化を志望したのは、これがきっかけ。三か月の基本訓練は屁みたいなもんだった。
で、一応特化候補生として部隊長の推薦もらってね……伊豆の訓練場に行った時の教官が、吉岡二尉(スグル)だった。着いたらいきなり装具を渡されてヘリコプター。なんの説明もなしに、富士の裾野に下ろされた。
携行食料は半日分。所持金はゼロ。15キロの装具を付けてほっぽらかし。
「三日以内に、伊豆の訓練場まで戻ってくること。交通機関を使ってはならないことはもとより、民間人に発見されてはならない。触法行為はいっさい許されない。なお、貴様らの行動は、我々が逐次監視している。では、健闘を祈る」
吉岡二尉は、班編成が終わったら開封しろって封筒を残して、そのままヘリで戻っていってしまった。富士の裾野で、まだ名前も知らない20人の候補生が残されたわ。
兵隊って、命令と任務分担が決まってないと、ただのお人形さん。30秒ほど当惑と混乱。でも、選りすぐりだから、すぐに状況を認識して、4班に分けて行動を開始……どうやって分けたかって? ジャンケンよ。互いに認識もないし、こういう場合一番不平が出ず、迅速に決定できる方法。
で、吉岡二尉の封筒を開封したの。何が書いてあったと思う……全員で「だるまさんが転んだ」をやれ。いま思うと笑っちゃうんだけど、20人が、それぞれの個性や能力を見極めるのには最適ね。ごく粗々だけど、個性が分かったわ。
それから、5人ずつの班に分かれて行動開始。
人に見つかっちゃいけないから、主に山の中を行動。やむなく人目に付きそうなところは夜間に監視カメラに写らないように動くの。
傑作よ、裏路地や野原を匍匐前進したり、川の中を首まで浸かって渡ったり。
最初に困ったのは食糧。なんせ全員朝食抜きで集められてたから、昼過ぎには腹ペコ。携行食料? 笑っちゃうわよ、チューブ入りの栄養補助食品が一個きり。カロリー的には1000キロカロリーある特殊なもんだけど、人間やっぱり形のあるもの食べなきゃもたないのよね。二日目には蛇を捕まえて、刺身にしたわ。火は使えないからね。
途中で猪に出会ってね……え、殺して食べたんだろうって? できないわよ。言ったけど火が使えないし、4人で猪一頭食べるなんてできないじゃない。みんなで寄ってたかって半殺し。最後は首を絞めて気絶させるの。
困ったのはウンコとおしっこ。笑うけど、深刻よ。
だって、その場に置いておけば臭いでわかっちゃう、ウンコはビニール袋に、おしっこはペットボトルに入れて運ぶの。で、適当な場所で処分。おしっこは川なんかに流すんだけど、大きい方はね……近頃は犬のウンだって、めったに落ちてないじゃない。最後まで持ち歩くハメになったわ。
なんとか二日目の夜には伊豆半島に入れて……気のゆるみね、道路を渡る時に車が近づいてくるのが分かって、わたし一人が取り残されて、道を渡ったときにははぐれていた。一応目印になるように分からないように、樹の枝なんかを折ってくれていて、だいたいの仲間の位置は分かった。
でも、ここで凡ミス。ばったり地元のお爺さんに出くわして……お爺さんも地元で慣れた山。気配が一般の人ほどしないの。気が付いたら羽交い絞めにして、お爺さんの首にナイフを当てていたわ。
なんとか謝って、自衛隊の訓練ですって説明したら、納得してくださった。
で、昼前に仲間に合流して、やっと伊豆の訓練場に戻れた。
結果? ハハ、ここでこうしていれば分かるでしょ。
合格したのは4人だけ。そのうち3人は極東戦争で死んだり行方不明。わたしは……うん、むろんお爺さんと出くわしたのが大きな減点だったけど、監督官に写真撮られていてね。それも藪の中でしゃがんで用を足している姿。こんなの他でやったらセクハラだけど、特化じゃ立派な採点。実戦だったらお尻剥きだしたまま殺されてるってことだもんね。
でも、不合格者にも並のレンジャーの資格はもらえた。ね、この胸の徽章。この業界じゃ一目おいてもらえる。
「君は、補給の仕事に向いてるんじゃなか」
吉岡二尉が言ってくれたの。
わたしの班が装備管理、糧秣調達という点じゃ一番だった。それにお土産(密封うんこ)が、合格者の班と同じくらいよくできていて、軍用犬でも感知できないレベルになっていたの。
「悩んでいるのなら、腕相撲しよう。みんなも参加しろ」
その結果、わたしは合格者の人たちと同じ成績だったの。腕相撲って腕力だけじゃない、タイミングと全身のバランスが大事。それが補給の仕事に通じているのは、この仕事やって半年目ぐらいだったかな。
この話をしている間に狩野三佐は、一個連隊の補給品のチェックを終えていた。
ヒナタは、スグルの着眼点の良さとユーモア精神を理解した。