コッペリア・44
連休と言っても学校は暦通りだ。
世間のあらかたも暦通りで、特に高校生である栞一人がブツブツ文句を言う筋合いのものでもない。
でも、セラさんのお勧めでこの日曜から関西旅行ができると分かってからは、この連休の狭間の二日間が疎ましい。
商店街を抜けて駅前まで行くと、駅横の踏切に人だかりがしていた。人だかりの文句を拾い集めると、どこかの駅で信号機が故障してダイヤが乱れているらしい。
駅のすぐ横は跨道橋になっているので、そこを通れば向こう側に行けるんだけど、信号機の故障という半端なトラブルなので、すぐに回復するだろうと待ってしまう。
――ああ、分かるなあ、その気持ち――
そう思った栞だが、ホームに立つと、踏切を待っている人たちが、ひどくバカに見えてくる。さっさと跨道橋渡ればいいのに……と真逆のことを思ってしまう。
学校に着くと、小さな異変があった。
教室の窓から三列目の三番目の机の上に花瓶に活けられた花があったのである。
それだけで分かった。
だれか亡くなったんだ……。
でも、先日クラス替えをやったばかりなので、そこに座っていたのが誰なのか思い出せない。教卓の座席表を見に行く。
井上と赤い字で座席表には書かれていた。でも赤だから女子だという以外何も分からない。全く印象には残っていないのだ。
やがて、クラスのみんながやってきたが、少し気にする者、無関心な者、目を赤くする者、反応は様々だった。
担任のミッチャンが入ってきて、こわばった顔で言った。
「夕べ、井上瑞穂さんが亡くなりました。詳しい話は、今から全校集会で校長先生がご説明になります。すぐに体育館に集合」
体育館に集まった生徒たちは、思ったほどには動揺していない。直接の友だちだったんだろう、数名が体育館の隅で泣いている。
「二年A組の井上瑞穂さんが亡くなりました。亡くなった理由は自殺です。詳しい動機はまだ分かっていませんが……」
「同機は、無理なクラス替えにあったんでしょう。違いますか、先生!」
青木美奈穂が、よく通る声が響く。
瞬間静まり返ったが、美奈穂の発言は無視されて、校長のお定まりの「命の大切さ」という空疎な話で全校集会は終わった。人一人亡くなったのに、この無関心さ、形式だけの黙とうはなんだ……。
教室に帰ると、ミッチャンが、お通夜と葬儀の場所と時間を教えてくれた。そして、授業は平常通り……そこまでいった時に、教室のスピーカーが短いメッセージを伝えた。
――先生方は、ただちに視聴覚教室にお集まりください――
ミッチャンは、ため息一つして教室を出て行った。青木穂乃果の想念が飛び込んできた。
――このまま終わらせてたまるか。とことん追い詰めてやる!――
穂乃果が、お父さんに連絡し、都議会の文教委員が査察にくることが分かった。穂乃果のお父さんは都議会議員だ。
結局、授業は打ち切りになり、夜に再びの緊急保護者会が開かれることになった。
「これが、井上さんの絵だよ」
颯太は、アパートに帰ると、例の水平線と木の絵を見せてくれた。
「あ、模範的な絵じゃない」
「一見な……オレも気づかなかった。瑞穂くんは絵の意味を感づいていて、模範的な絵を描いたんだ。これは仮面うつ病の絵だ」
意味は分かった。描きすぎているのである。一見上手い絵にみえるが、自分の中には無い世界を描いている。だから意味はまるで逆になる。
その夜、お通夜に行った。
泣き腫らして涙も枯れたご両親。中学生らしい弟がじっとうつむいている。
遺影の写真を見ても「そう言えば、こんな子がいたな」という程度の記憶だった。それよりも遺影の横のドールが気になった。
1/3スケールのドールで、本人が大切にしていたのだろう、強い想念を感じた。
ドールは、春物の衣装を着ていたが、気に入らない様子だった。クラス替えと同時に着替えさせたようだ。
これを感じられたのは、元ドールの栞だからかもしれない。