真凡プレジデント・49
ビビらせるつもりはなかった。
ほら、お姉ちゃんがやったじゃん。
毎朝テレビが潰れたのをNHKのニュース速報で知った時、思わず握りつぶしたアルミ缶。
グシャって潰れて、お姉ちゃんが手を切って、血がポタポタ。
人がアルミ缶を握りつぶして血を流すって初めて見た。
テレビ局辞めてからは、ジャージでゴロゴロばっか、あのバカ姉にあんな力……っていうか、想いがあったんだと見直した。
正直カッコいいと思い、こっそり真似してみた。
グシャッ!
音は良いんだけど、血が流れない。グシャグシャっと揉みしだけば切れないこともないんだろうけど、一撃でやらなければ値打ちが無い。
炭酸飲料のアルミ缶でやるからだめなんだろうか?
お父さんが飲み干した奴で試してみたけど、やっぱりできない。
四日目に、なつきの部屋でやってみた……。
あいかわらずの登校拒否。
担任もさじを投げ、綾乃やみずきに「まかしといて」と胸を張った手前、そろそろ成果が出なきゃとも思っていた。
「あ、噴き出すよ!」
今日初めて積極的な言葉を吐いたのが、これ。
会話にならないもどかしさから、出されたコカ・コーラを開けもせずにもてあそんでいた。
今日もダメかと温くなり始めたコーラを開けようとして、なつきが注意が耳に届く。
届くというのは、単に聞こえたというのじゃなくて、相手の行動を制止しようという力があったということ。
そりゃそうでしょ、盛大にコーラを零されたら、敷きなおしたばかりの夏物カーペットがオシャカになる。
「開けなきゃ飲めないじゃん!」
我ながらツッケンドン。
もうひと月近くの不登校。三日に二日は足を運んでいるんだけど会話にもならず。だからね。
「こ、こやるといいんだよ」
そろっとコーラを手に取ると、なつきは横倒しにしてソロリソロリと転がした。
「こうやるとね、炭酸がコーラに吸収されて爆発しなくなるんだよ」
さすがはお好み焼き屋の娘、こういう芸には長けているようだ。
ペシ
プルトップを引いてグラスに注ぐと、コポコポコポと穏やかに泡立って、噴きこぼれはしない。
「学校も同じだと思うよ、おだやかにソロリソロリとやればどうってことないから。コーラでやれるんだから学校でやれないわけないよ」
クサイとは思ったけど、なんでもいい、なつきの心を動かせればとカマしてみる。
「学校とコーラは違うよ」
思った通りの答えに返す言葉もなくコーラを一気飲み。
プハーーーーー!
「男前な飲みっぷりぃ~」
媚を売ったような合いの手に、いささかムカつく。
グシャッ!
あ……やった、握った拳の隙間からツ-と血が流れ、ポタリとスカートに落ちた。
不登校女がギクリとする。
「あ……あ…………」
「いいかげん、わたしもタギッテしまうよ……!」
なつきはオロオロと、でも、お好み焼き屋の娘、野球小僧のお姉ちゃん、救急箱を取り出し、慣れた手つきで傷の手当てをしてくれた。
「あ、あ、あ……明日っからは学校行くから……」
怪我の功名ではあったようだ。
☆ 主な登場人物
- 田中 真凡 ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
- 田中 美樹 真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
- 橘 なつき 中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
- 藤田先生 定年間近の生徒会顧問
- 中谷先生 若い生徒会顧問
- 柳沢 琢磨 天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
- 北白川綾乃 真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
- 福島 みずき 真凡とならんで立候補で当選した副会長
- 伊達 利宗 二の丸高校の生徒会長